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ひもろぎ逍遥

ワダツミ7 綿津見神社 一つ目



 ワダツミ7  

綿津見神社 一つ目

 
  
 

大島に初めて渡り、そのダイナミックな景観を堪能したあと、私たちは連絡取り合うこともなかった。

年が暮れ、そして明けた。

七つの珠の奉納は菊如と崋山の課題だ。二人は上手くやるだろう。
その後の話を楽しみに待っていた。

しかし3月に入っても動き出している気配がない。
どうなったのか気がかりになって尋ねると、奉納する神社は「豊玉姫と綿津見神の関連社」「福岡県内」に絞られていた。期限も「5月3日の竜宮祭の前まで」と分かったらしい。そして、何処に行こうか相談している所だという。

私は、思い浮かぶ神社を次々に挙げていくうちに、案内しないと分からないだろうと判断して、同行することにした。バスハイクやら執筆取材などで何度も出掛けた所ばかりなのだ。

福岡市東区の綿津見神社、志式神社は確実だろう。どちらも豊玉姫だ。
それから糸島の染井神社と志登神社も間違いないだろう。
これらも豊玉姫だ。

こうして、まずは福岡市東区に行き、それから糸島に行くことにした。

2018年3月11日のことだった。
その日は午後12時の出発だった。菊如と白皇と私の三人だった。

まずは福岡市東区の綿津見神社に案内した。


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着くと、菊如はここが奉納先の一つとすぐに分かったようだ。

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祭神は志賀三神と豊玉姫命。
志賀三神とは綿津見三神のこと。

まさしく、始まりにふさわしい宮だった。

神前に七つの珠を入れた宝箱と志賀島金印を置いて祝詞を上げた。






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祝詞が挙がる間、左手の木の上でカラスのグルーミングの声がしている。
仲睦まじい。サインかもしれないと写真を撮った。









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すると、祝詞を終えた菊如がその木の下に立った。
そして白皇に何やら指示をした。
その木の前に立つと、ちょうど目の前の高さに、幹に枝を落として丸く変形しながら成長したコブがあった。白皇は言われるままにそこに珠を一つ納めた。

そして、何やら代わりの宝具を貰った。
それを宝箱に入れながら「丸くて暖かい」と感想を述べた。
もちろんどちらも肉眼では見えない。

崋山が後で鑑定すると、それは「太陽の鏡」だという。足つきの鏡で、鏡の周囲にフレアがある。高祖神社(糸島)に置かれた「石の鏡」に良く似ていた。
それは人を写すものではなく、太陽の光を海に反射するものだそうだ。








その後、私は二人を神社の横の三苫海岸に案内した。


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この日は3月11日。
奇しくも、あの日、私はラジオの津波警報を聞きながら海岸には降りるまいと思いながら降りてしまった。それがこの海だった。

同じ日に再び来ようとは思ってもいなかった。

それぞれに、あの日に手を合わせた。


この海からは相島が正面に見えている。
そう、相島の若宮神社には豊玉姫が祀られていた。

そして、左手を見ると志式神社の渚が見えた。

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そこには豊玉姫が荒ぶる神として祀られていた。
今からそこに案内する。

今更ながらに気づいた。
ここは豊玉姫が、相島、綿津見神社、志式神社、と三ヶ所、海を囲んで祀られていたエリアだったのだ。

この海域を通る船は帆を半分降ろして通るという。
それは志式の神に対して表す敬意の印だった。


拙著『神功皇后伝承を歩く』
「下巻75綿津見神社」
「下巻72志式神社」

20180925



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by lunabura | 2018-09-25 20:54 | 「ワダツミ」 | Comments(0)

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