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ひもろぎ逍遥

ワダツミ15 サワラビメのミコト 封印せし者



 ワダツミ15  

サワラビメのミコト

封印せし者

 
  
 



その日は白皇の右目が初めから変だった。
ワダツミの神の話が終わって一段落すると、白皇は敵対するような眼つきになった。

「ジンムか?話を聞くゆえに、その者を解放せよ」
と、菊如が言うと、その存在は崋山に懸かった。

それは男だった。
男は両手で誰かの首を絞めるような動作をし、
「ひと~つ。ふた~つ。みいっつ。ひと~つ。ふた~つ。みいっつ」
と低い声で挑発するように数えた。

菊如は言った。
「鐘を鳴らしながら来られたんですね。銅鑼(どら)のような」
それを聞くと、男はすばやく剣を抜く構えをした。

菊如は「どちら様ですか」と尋ねた。
「我に何を尋ねる」

「菊如と申します」
「我の邪魔をするでない」

「どんな邪魔ですか」
「あの宮はわれらの物」

「どちらの方から来られたんですか。あの宮に」
「我らは海よりあの宮にやって来た」

「周りは海だったんですか。干潮と満潮の差が激しい所だったんですか。何ゆえに来られたのですか。どなたかいらっしゃいましたか。多くの者が見えますけど」
「わしの仲間か」

「いえ、もともと居た」
「あそこに住んでいた者のことか。あの一族?海を自由に操る一族。
海神族。
そう我らは聞いておる。我らの行く手をはばむ一族」

「大きな一族のようですね」
「ああ。一説には海の底で暮らしている者が上がって来たとな。
海の底にある宝をた~んと持つ、不思議な一族だとな」

「あなたのお名前は?」
「わしの名はジンムではない。ジンムは動かぬ」

「イワレビコですか」と私は尋ねた。イワレビコとは神武の本名だ。
「イワレビコではない。わしの名はサワラビメのミコトだ」

「ウガヤフキアエズをご存知ですか」と菊如が尋ねた。
「ウガヤフキアエズか。あの地を去った。自分で去った。
去ったのか?
去って何処に行ったのじゃ。
ウガヤフキアエズは去ったのか?」

「去ってないのですか?それはどういうことですか?」

訳の分からないことを言い出した男は白皇に向き直って言った。
「そなたは去ったのか。あの地から」含み笑いをしていた。

「殺されたのですか?」と菊如が尋ねると、男は笑った。

そして、サワラビメのミコトはウガヤフキアエズについて、
「別の者を仕立てて逃げた」
と、あざ笑うように白皇を横目で見、そして「生かして逃がすか」と言った。

「見つけ出したのですか。本物を」
サワラビメのミコトは否定しなかった。

「その後、何をしたのですか」
「まだ、わしらがウガヤフキアエズを殺(や)った時はワダツミの神は健在だった。わしらは怒りに遭って船もろともに全滅じゃ。
ワダツミの神は我らには邪魔だ。
海上を行き交う者にとっては邪魔であろうが。我ら人間のものよ、ここは。のう」
サワラビメのミコトは私たちに同意を促した。

そして、続けた。
「ウガヤフキアエズは神の子か?死んだぞ。
神を尊ぶ者は、神を信じぬ者には邪魔な者。
二つの種類の人間が行き交う時代だ。
神を信じぬ者には邪魔な者たちだ。

我ら人間は神を超える。そういった時代に神は邪魔。
われら人間がこの世を征する。

ワダツミの神が神なら自分の孫が殺されるのをどうして止められぬかのう。
この世に神などいない」
この男はワダツミの神を敵対視していた。

海での遭難をワダツミの神のせいにし、志賀島に攻め入った。
そしてウガヤフキアエズを見つけ出して殺したという。

いや待て。
ウガヤフキアエズはこの時、熊本の宇土に逃げたのではなかったのか。
電話を通して話したのはいったい誰になる。
総勢112人で逃げたと言っていたではないか。

あれはダミーだったのか。話が変だ。
ウガヤは二人いる?
私は混乱した。

しかもワダツミの神が出現して復活の方法を授けた直後に、サワラビメのミコトが現れた。その目的は、ワダツミの神の復活を邪魔したいというのか。

それを確認することにした。
「どうされるのですか。ワダツミの神に対して」
「神の復活は許されぬ」

「どうやって止めるのですか」
「さあ、どうやって止めるのかのう。復活させてみるがよい。
善なる者には善なる力が付く。
われらが善なる者という訳ではないが、力を貸す者はいる。
心してかかることだな」
サワラビメのミコトは含みを持たせた言い方をした。

いったいこの男は何者なのか。歴史上に名を残しているのか。
手かがりを求めて私は尋ねた。
「末裔がいますか」
「あの海の一族か。我らの一族か」

「あなたの一族です」
「サンジ」
と、きっぱりと言った。

私たちは顔を見合わせた。サンジカネモチだ。
「脇巫女」に登場した、あのサンジカネモチのことだ!
熱田モノノフ。
まさか、ここに繋がるとは。

「熱田物部ですか」
「ああ。サンジは日本の者ではない。海を渡って入って来たからな」

「サンジカネモチを使って邪魔をするのですか」
「我らが知ったのは、この国を攻めるに台風が邪魔をしたことがあるとな。
我らを邪魔をした者がいる。海より上がって来た者だ。

その者たちはワダツミの神を祀っていた。
我らの時代の神とは、巫女的な霊能の存在をいうのだ。

だから巫女たちにワダツミの神を封印するように命じた」

何と!
ワダツミの神を封印したのはこの男だった。
意外にも簡単に犯人が見つかった。

それにしても、この男の言う「海の一族が海より上がって来た」というのは一体どういうことだろうか。

この男もまた、ワダツミの一族はホモサピエンスではないと言うのか。
この男の証言を確認しておくことにした。
「ワダツミの神には肉体はあったのですか」
「ああ。エラをつけて海の底に住んでいた。
何故、上陸したのかは分からんが、海を離れて陸に上がったと聞いている。
会話も出来、海を自由に操る邪魔な存在だ。
そして、我らは海の民に勝った。
ウガヤフキアエズを殺してな。
だが、大風が吹き、船もろとも沈められた。
しかし封印したら海は静かになって、いろんな物が来やすくなったではないか」

「津波を起こす力があったのですか」
「ああ。時には静かだが、時には嵐を起こす。
我らの船は風が無いと動かぬ。
だから、神とコンタクトを取るのはその一族だ」

「その一族とは?」
「その時代はアンジュラ族と呼ばれていた。アズラ…、アジュラ…」

「あづみ?それがコンタクトを取る一族だったのですか」
「もともと、ワダツミの神アンジュラから出て来た一族だ」

一族の名は思いがけなかった。
その発音は私が推定した「安曇」の発音そっくりだったのだ。
語尾のニュアンスが違うだけだった。

私は「安曇」について、多くの漢字表記を並べて本来の発音を推定していた。
それは「アンドュム」。
「アンドュン」「アドゥン」と変化したという仮説を持っていた。
「アンジュラ」とそっくりではないか。
語尾の発音の差は異国人の聞こえ方の違いだと思われた。
私はもう一つ大事なことを尋ねた。
「ワダツミの神が復活したらどうなるのですか」
「一番したいことは、海の底から入って来る者を止めたいのであろうなあ。
まあ、復活させてみろ」

「敵を押し戻すことができるのですか」
「七つの宝具でな」

「何という国が入ってくるのですか」
「○国だ。
そのために、この時期にワダツミの神復活のために動かされている。
ウガヤフキアエズがこの世に戻って来た。
わしはつられて引っ張られて、ここに出て来ただけだ。
じっくりと拝見させてもらおうぞ。
ちょっとおしゃべりをし過ぎている」

「本当はこの話を教えてたくて来られたんではないんですか」
「この国には大事にされたこともあるからな。
打ち上げられた村では我々に握り飯やイモを食わせてくれた。
その思いもある。これで恩は返した」

「サワラという地名が残っていますが、あなたの名前のサワラビメと関係がありますか」
「村は残っておる」

私の脳裏には吉武高木遺跡が浮かんだ。
この遺跡には剣と鏡と勾玉を持った一族が埋葬されている。
三種の神器を持つ一族として日本最古だった。
その地名は早良(さわら)の平群(へぐり)だ。
関係があれば面白いのだが。

この時菊如が尋ねた。
「サワラビ親王と呼ばれたことはあるのですか」
否定はしなかった。そして立ち去ろうとした。

私はあわてて尋ねた。
「あなたたちの神は誰ですか」
「わが神、スサ。荒ぶる神、スサ。そろそろ良いか。ここは居心地が悪い」
そう言って崋山から離れていった。

この男は案外、私たちを応援する気持ちで出て来たのかもしれない。
海の神を封印したのは自分だと告白し、封印が解かれる目的を話した。

安曇も物部も今は関係ない。

神話とされる時代の戦いのあと、いずれの末裔たちも我が国で連綿と命の鎖をつないできた。

遠い過去から子孫の安寧と繁栄を願う存在、それがサワラビメのミコトだった。



20181003






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by lunabura | 2018-10-03 20:33 | 「ワダツミ」 | Comments(0)

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