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ひもろぎ逍遥

焼ノ峠古墳 絶景の前方後方墳 四角だよ 3世紀後半


焼ノ峠古墳 

前方後方墳 3世紀後半






 広~い筑後平野の真ん中にポツンと見える独立丘。
それが花立山(城山・じょんやま)です。






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隼鷹神社 上巻34)
どこからも見えるのですが、その丘に前方後方墳があります。









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四角と四角が組み合わさったものです。「やきのとうげ古墳」です。


保存していた画像が行方不明(-_-)
撮らなかったのかも知れないなあ。ま、1月のバスハイクで撮り直してきます。




この珍しい古墳は3世紀後半となっています。
前回の光正寺古墳と同じ時代なのです。


確か掲示板には発掘のためにトレンチをいれたものの、埋葬施設が見つからなかったという内容が書かれていたと思うのですが、古墳の本では墓壙の輪郭のみ確認されたと書いてあります。曖昧なので、来月、掲示板を確認してきます。


3世紀後半ですから、卑弥呼が死んで(248年)、男王が立ち、それから壹與が立てられる頃になります。

被葬者はやはり卑弥呼の事を知っていることになります。



ここは朝倉郡筑前町四三嶋(しそじま)です。
「四三」は北斗七星を指す場合があります。
「三」は南北を指す場合もあるので、いずれなのか検討を要します。

この朝倉郡筑前町からは1世紀の硯の破片が複数発見(再評価)されたので、かなり古くから文字を知った人たちがいることが分かっています。

大己貴神社からも4キロほどなので、羽白熊鷲の滅亡が3世紀初頭(日本書紀による)とすると、それから朝倉は平穏になっていたかもしれません。

それからしばらくして3世紀後半にここの豪族は前方後方墳を選んで埋葬されました。







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同じ3世紀後半に宇美町では前方後円墳の光正寺古墳が造られたのですから、二種類の形が存在するのは興味深いですね。





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で、グーグルなどを見ていると、近くには前方後円墳の痕跡がいくつも見えるのです。消失した古墳もあるとのことですが、どれを指しているのかは分かりません。
確か、石室が残っている古墳もあります。



焼ノ峠古墳 前方後方墳
【クロスロードふくおか】より
城山の北麓にある古墳時代前半(3世紀後半)の前方後方墳です。全長40mで前方後方墳としては九州最大です。当時この地方一帯を治めていた首長の墓と考えられています。





来年、2019年1月31日(木)のバスハイクは小郡や鳥栖方面ですが、この焼ノ峠古墳(やきのとうげ)にも行く予定です。



20181225



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Commented by チェリー at 2018-12-27 01:16 x
このあたり、天気が良ければ120°の方向に「くじゅう連山」が見えるはずなんですが…頂上が七つ見えるようです。
双眼鏡があるといいかもしれません!
Commented by lunabura at 2018-12-27 20:27
それは是非確認したいですね♪ 天気もさることながら、pm2.5が冬は大敵です( 一一)
by lunabura | 2018-12-25 20:24 | <古墳>手光は宮地嶽へ | Comments(2)

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