2019年 03月 08日
双脚輪状文を三ヶ所で見る
バスハイクの資料作りと、5月6月のバスハイクのコースづくりをしているのですが、
三つのコースでそれぞれ見学する装飾古墳(石室は不可)を見ていたら、
あの「双脚輪状文」(そうきゃくりんじょうもん)を立て続けに見学することに気づきました。
3月は八女の弘化谷古墳、5月は鳥栖の田代太田古墳、6月は桂川町の王塚古墳。
いずれも双脚輪状文が描かれています。
特に田代太田古墳と王塚古墳は壁画の雰囲気が似ていて、同族ではないかという感じしか、しないのだけど、八女の弘化谷古墳もとなると、周辺の祭祀もセットで調べたくなりますよね。
自分の過去記事の妄想を読み直して、ちょいと驚き。
素人だからと、好き勝手に書いている感じがしてあまりよろしくない。
何書いてるんだ、と思う反面、せっかくだから、定説が出るまでは残しておこうとも思ったり。
第一印象を大切にしなくては、思いがけないものが含まれることは良くあるし。

で、ブログを始めたばかりのころ、よそのブログにお邪魔して、埴輪のサンバイザーっぽい冠がそっくりだとコメント入れて、忘れ去ってしまっていたのですが、
「全国遺跡総覧」のPDFの画像を見て、その埴輪が載っていました。
https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/22200
やはりそういう仮説も出てくるんだね。
発見された双脚輪状文はあと二つは熊本なので、分布地図など面白く拝見しました。
画像並べて比較してみると面白いけど、今日はメモ程度で。
3月22日のバスハイクは八女古墳群の内三つを回り、後半は八女津媛神社に向かいます。
おとといの段階では残席2つと聞きました。
20190308









