2019年 05月 05日
21回もやったんですね
今日は歴史カフェでした。
参加の皆さん、ありがとうございました。
もう、21回なんですねえ。
今回の「日本武尊」を通しての「福岡と佐賀」の話はやはり密接に繋がっていました。
「高地性弥生集落」という言葉がありますが、武尊の戦った相手の多くはその「高地性弥生集落」がありそうな丘陵地帯に居住していて、川を隔てて日本武尊の陣営地が敷かれる、そんなパターンがいくつか見られました。
弥生時代に巨大化していった銅製品は紛れもなく倭国で造られたものですが、その担い手は誰だったのかと考える時、
景行天皇と日本武尊 VS 土蜘蛛や熊襲
の戦いの場が鉱物資源を産するような地域だったことから、それぞれが持つ金属加工技術集団の存在が浮かび上がってきます。
すでに賀茂氏や物部氏については歴史カフェでまとめてみましたが、これまでの学びを通してもう一度真鍋大覚を読めば、きっと以前より理解が深まっていることでしょう。
次回はその真鍋を通して、マニアックな古代社会を描けたらなと思っています。
この先、しばらく原稿に戻り、それを片付けてから、また歴史カフェの準備に取り掛かります。
準備が出来次第案内します。
本日は皆さま、ありがとうございました。
20190505









