2019年 06月 05日
大伴旅人 酒壺になりたいなんて 何故にそれほど
大伴旅人の「酒を讃(ほ)むる歌」が13首も万葉集に載っている。
その一つ一つを読んでいるうちに、旅人は何故にそれほど苦しいのか、迫ってくるものがあった。
その一部を紹介しよう。
338番
験なきものを思はずは一杯の濁れる酒を飲むべくあるらし
(しるしなき ものをおもはずは ひとつきの にごれるさけを のむべくあるらし
(甲斐もないことを思わずに 一杯の濁り酒を飲んだ方がいい)
339番
酒の名を聖と負ほせしいにしへの大き聖の言のよろしさ
(さけのなを ひじりとおほせし いにしへの おおきひじりの ことのよろしさ)
(酒の名を「聖」と付けた昔の大聖人の言葉はすばらしい)
――この辺りは「なるほど」と思っていたが…
341番
賢しみと物言ふよりは酒飲みて酔ひ泣きするしまさりたるらし
かしこみと ものいふよりは さけのみて ゑひなきするし まさりたるらし
(賢こぶって物を言うよりも 酒を飲んで酔い泣きするほうが勝っているらしい)
344番
あな醜賢しらをすと酒飲まぬ人をよく見ば猿にかも似む
あなみにく さかしらをすと さけのまぬ ひとをよくみば さるにかもにむ
(ああ、醜い と小賢しく言って酒を飲まぬ人を 良く見れば猿に似ている)
――酒量が増えて旅人に忠告する人もいたようだが、それを逆恨みか…。
343番
なかなかに人とあらずは酒壷になりにてしかも酒に染みなむ
なかなかに ひととあらずは さかつぼに なりてしかも さけにしみなむ
(中途半端に人間ではなく 酒壺になってしまいたい 酒にどっぷりと染まれるのに)
――あらあら
348番
この世にし楽しくあらば来む世には虫に鳥にも我れはなりなむ
このよにし たのしくあらば こむよには むしにとりにも われはなりなむ
(この世で酒を飲んで楽しければ 来世は畜生道に堕ちて虫でも鳥でもなって構わない)
飲酒は仏教の五戒の一つ。
――開き直り…
旅人の心の苦しさは想像つかないほど深い。
この前後には筑紫歌壇の歌人の歌がずらりと載っているので、この歌も太宰府で詠んだとしたら、一緒に来てくれた妻の死が大きいのかもしれない。
老年になって大宰府に赴き、大きな帥(そち)屋敷に慣れたころ、妻は死んだ。
その屋敷の広さはこたえただろう。
旅人64歳。
いろいろと理由を付けて宴を催しても、
337番
憶良らは今はまからむ子泣くらむそを負ふ母も吾を待つらむそ
おくららは いまはまからむ こなくらむ そをおふははも わをまつらむそ
(私はもう退出しましょう 子が泣いているでしょう それを背負う母も私を待っているでしょう)
――と、話の分かる山上憶良も途中で帰ってしまう。生活感たっぷりに言い残して…
349番
生ける者ついにも死ぬるものにあればこの世なる間は楽しくをあらな
いけるもの ついにもしぬる ものにあれば このよなるまは たのしくをあらな
(生ある者はついには死ぬものだから この世で生きている間は楽しくなくては)
――そうはいっても、広い部屋に 旅人は一人取り残されたのだろう
<20190605>










