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ひもろぎ逍遥

大伴旅人 妻の死 大伴郎女




大伴旅人が大宰府に長官として赴任したのは神亀四年(727)63歳。

妻の大伴郎女が病で死んだのはその翌年だ。

旅人は妻との死別を数十日経ってようやく歌にしたようだ。


神亀五年戊辰、大宰帥大伴卿、故人(なきひと)をしのぶ歌三首

438番
愛しき人のまきてし敷栲の我が手枕をまく人あらめや
うつくしき ひとのまきてし しきたえの わがたまくらを まくひとあらめや

 (いとしい人が枕にした我が腕を 枕にする人はまたとはいない)

 敷栲の:枕詞
右の一首は 別れ去(い)にて数旬を経て作る歌。

――かけがえのない愛を失った悲しみがひしと伝わってくる。



439番
還るべく時はなりけり京師にて誰が手本をか我が枕かむ
かえるべく ときななりけり みやこにて たがたもとをか わがまくらかむ

  (帰る時になった 都で誰の腕を枕にするというのか)

――旅人は3~4年で都に戻ることになった。しかし、妻の居ない家を想像するとまた苦しみが増すのだった。



440番
京なる荒れたる家にひとり寝ば旅にまさりて苦しかるべし
みやこなる あれたるいえに ひとりいねば たびにまさりて くるしかるべし

  (都にある荒れた家に一人寝たら 旅にまさって苦しいだろう)
右の二首は、京に向かふ時に近づきて作る歌。

―― 思い出の詰まった家も、一人で寝ることを想像すると苦しみが増した。
孤独を恐れる旅人だった。


故郷の家に還り入りて、すなわち作る歌三首

451番
人もなき空しき家は草枕旅にまさりて苦しかりけり
  (妻のいない空しき家は 旅よりも苦しいものだ)

――やはり恐れた通りだった。


452番
妹としてふたり作りし我が山斎は木高く茂くなりにけるかも
いもとして ふたりつくりし わがしまは こだかくしげく なりにけるかも

  (妻とふたりで作った庭の山水は木も高く茂ってしまった)



453番
吾妹子が植ゑし梅の木見るごとに心咽せつつ涙し流る
わぎもこか うえしうめのき みるごとに こころむせつつ なみだしながる

 (妻が植えた梅の木をみるたびに 心むせび涙が流れる)

二人で庭を作り、草木を愛でた。木は思いがけず高く茂り、時が経ったことを教える。
流行の先端だった梅の木を植えて喜ぶ妻の姿が思い出されて、旅人の心の時間は止まってしまった。



さて、
旅人にはもう一人妻がいる。その妻の方に家持が生まれた。大宰府にも連れて行ったので、旅人は一人では無かっただろう。


それでも、大伴郎女との日々はかけがいのないもので、家持(やかもち)も成人して万葉集を編纂するとき、義母の死に嗚咽する父の歌を心を込めて編集したと思われた。



<20190606>

 
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by lunabura | 2019-06-06 21:45 | 万葉・日本書紀の風景 | Comments(0)

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