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ひもろぎ逍遥

大伴旅人 友情 筑紫歌壇から見送った沙弥満誓





天平2年(730)の12月に大伴旅人は大納言に出世して都に戻っていった。
妻を失って家に帰ると、今更ながら妻の不在はこたえた。

そんな、ある日、筑紫から文が届いた。
沙弥満誓(しゃみまんぜい)からのものだった。

沙弥満誓は旅人よりも四年前に筑紫に来て、観世音寺の建造の最高責任者になっていた。
観世音寺の初代管長でもある。

そこに旅人が来た。
この時から、筑紫歌壇は花を開かせる。

「令和」の由来となった梅花の宴にも参加し、旅人の歌より一番前に歌が掲載されている。


821番
青柳梅との花を折りかざし飲みての後は散りぬともよし 笠沙弥
あおやなぎ うめとのはなを おりかざし のみてのあとは ちりぬともよし
(青柳と梅の花を折って かざしにして 飲んだあとは 散ってもいいぞ)

以前、呑兵衛の代弁者と書いたが、出家とは思えぬ磊落(らいらく)さが何とも魅力的な歌だ。

旅人も酒壺になりたいほどの人なので二人は気が合ったのだろう。



旅人が一人ぽつねんとしているタイミングで手紙が届いた。


大宰帥大伴卿の京に上りし後、沙弥満誓、卿に贈る歌
572番 
真十鏡見飽かぬ君に遅れてや朝夕にさびつつ居らむ
まそかがみ みあかぬきみに おくれてや あしたゆうべに さびつつおらむ
   (見飽きない君に先に都に行かれたから 朝夕寂しいのだろう)
 真十鏡:枕詞

573番 
ぬばたまの黒髪変わり白髪ても痛き恋には会う時ありけり
ぬばたまの くろかみかわり しらけても いたきこいには あうときありけり
  (黒髪が白髪に変わる年になっても、人に恋することがあるのだなあ)
 ぬばたまの:枕詞

「君に遅れてや」という言葉には、自分も早く帰りたいという気持ちがあったのがわかる。


「見飽かぬ君」というほど、頻繁に会っていたのだろう。
その君がいなくなったので、寂しくて仕方がないのだ。

それを「痛き恋」と言っている。
恋という言葉は男女関係なく使われていたようだ。




そんな手紙が筑紫から届いた。次はその返事。

 大納言大伴卿の和(こた)ふる歌二首
574番 
ここにして筑紫やいづく白雲のたなびく山の方にしあるらし

 (ここにいると筑紫はどこなのか 白雲のたなびく山の向こうにあるらしい)



575番 
草香江の入江にあさる蘆鶴のあなたづたづし友無しにして
くさがえの いりえにあさる あしたづの あなたづたづし ともなしにして

(草香江の入江で餌を探す葦鶴のタヅではないが、たづたづし(心細)くしています 友がいなくて)
 たづたづし:心細い

意外と旅人は冷めている。

筑紫がどこなのか、いつも見ている訳ではないらしい。
草香江(くさがえ・大濠公園付近)の入江の鶴(たづ)を引き出して、心細いと言ってくれた。

少し温度差のある二人だ。



満誓は66歳の旅人よりずっと年上だった。
生年が知られていない人だが、真鍋は643年生まれとする。
そうすると、89歳になる。

そりゃあ寂しいだろう。


去る人より、残された者のほうがずっと寂しい。



<20190607>
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by lunabura | 2019-06-07 20:52 | 万葉・日本書紀の風景 | Comments(0)

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