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ひもろぎ逍遥

山上憶良 大伴旅人の妻への挽歌 



山上憶良 大伴旅人の妻への挽歌



 
初夏に亡くなった大伴郎女の葬儀が終わると、山上憶良は嘉麻の役所に戻ったのだろう。

そこで、これまで書き溜めた自分の歌集から三部を選んだ。これを「嘉麻三部作」と言い、著名な「白銀も 金も玉も何せむに 勝れる宝子にしかめやも」をその一つに選んだことを以前に記したが、その日と同じ日付で憶良は大伴旅人の妻への挽歌を上奏した。

7月21日のことだ。夏も盛りになっていた。

寂しく思っているときに、このような歌が届いたのだ。
これが旅人と憶良の友情を決定的に結び付けたとも思われる。

だから、憶良は旅人への歌には本音を詠めたのだろう。
この時、憶良は69歳。旅人は64歳だった。


日本挽歌一首   (山上憶良69歳)     (しらぬひ:枕詞)

大王(おおきみ)の 遠の朝廷と しらぬひ 筑紫の国に 泣く子なす 慕ひ来まして      
息だにも いまだ休めず 年月も いまだあらねば 

心ゆも 思はぬ間(あいだ)に うち靡き 臥(こや)しぬれ 
言はむ術(すべ) 為(せ)む術知らに 石木(いわき)をも 問ひ放(さ)け知らず 

家ならば 形はあらむを うらめしき 妹(いも)の命(みこと)の
我(あれ)をばも 如何(いか)にせよとか 

鳰鳥(におどり)の 二人並び居(い) 語らひし 心背(そむ)きて 家ざかりいます


(大君の遠の朝廷として筑紫の国に 泣く子のように慕って来られて
休息もまだ十分でなく 年月もまだ経っていないのに

思いがけず 靡くように床にふせってしまったので 
どう言おうか どうしたらいいか分からず 石や木に問いかける術も分からない

家にいるならば 姿だけでもあろうに うらめしくも 妻は私に どうせよというのか
カイツブリのように 二人並んで語り合った 気持ちに背いて 家から離れてしまわれた)



反歌   
795番
家に行きて 如何にか吾がせむ 枕づく 妻屋さぶしく 思ほゆべしも
 いえにゆきて いかにかあがせむ まくらづく つまやさぶしく おもほゆべしも

(家に行ってもどうするというのか 枕を並べた妻屋も 寂しく思われるだろう)
  ※(枕づく:枕詞)妻屋:結婚する夫婦のために建てる家。男がそこに通う。



796番
愛しきよし かくのみからに 慕ひ来し 妹が情の 術もすべなさ
はしきよし かくのみからに したひこし いもがこころの すべもすべなさ

(ああ こんな結果になるだけだったのに 私を慕って付いて来た妻の気持ちを どうすることもできない)



797番
悔しかも かく知らませば あをによし 国内ことごと 見せましものを
くやしかも かくしらませば あおによし くぬちことごと みせましものを
   (あをによし:枕詞)
(悔しい こうなることを知っていたなら 国中ことごとく見せたかったのに)



798番
妹が見し 楝の花は 散りぬべし わが泣く涙 いまだ干なくに
いもがみし おうちのはなは ちりぬべし わがなくなみだ いまだひなくに

(妻が見たセンダンの花は散っただろう 私の涙が乾かぬうちに)



799番
大野山 霧立ち渡る わが嘆く 息嘯の風に 霧立ちわたる
おおのやま きりたちわたる わがなげく おきそのかぜに きりたちわたる

(大野山に霧が立ち渡っている わたしの嘆く溜息で霧が立ち渡っている)

神亀五年七月二十一日 筑前国守山上憶良奉る


独りになって言葉を失った旅人に成り替わって、その思いをせつせつと述べている。
憶良は旅人と大伴郎女の仲の良い姿を見ていたのだろう。

遠い筑紫まで付いて来ての結果がこうだ。
自分を愛してくれた妻の想いを考えると「術もすべなさ」どうしようもない。

そんな夫の無念さは旅人のみならず、人々の心を打つ。

すべての人に死別は訪れる。
きっとこの歌は共感をもって多くの人に書き継がれ、歌い継がれたことだろう。


歴史カフェ 7月21日
太宰帥 大伴旅人 -万葉集から描く筑紫の日々ー
https://lunabura.exblog.jp/30342060/

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by lunabura | 2019-07-06 21:00 | 万葉・日本書紀の風景 | Comments(0)

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