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ひもろぎ逍遥

大伴旅人は我が子家持を手放せなくなった




香椎東公民館で歴史講座をしてきました 

大伴旅人は我が子家持を手放せなくなった





今朝は香椎東公民館で「大伴旅人―香椎廟に参拝す」というタイトルで歴史講座の講師を務めてきました。ご参加の皆さま、ありがとうございました。

ブログではバラバラに記録している大伴旅人の4年間と交遊などを、時系列に通して流してみると、いくつもの発見がありました。

特に、福岡では縁がないと思われた壬申の乱や長屋王の変、藤原四兄弟など、隼人の乱も含めて、知る必要がありました。旅人らがその時代に生きて行く姿は、万葉集ならではの曼陀羅風景です。

大伴家持が十一歳で大宰府に来たのは父・旅人の遺言を聞くためでした。幸いに旅人は病が癒えましたが、妻の死後、我が息子に久しぶりに会うと、もう手放せなかったのでしょう。家持とその弟の書持を都に返さずに、手元に残しました。

十歳前後の男の子たち。その愛らしさは如何ほどだったことでしょうか。
旅人の生きる喜びを再び与えてくれたことでしょう。
この子たちの母は都に居たので、旅人とは手紙のやり取りをして想いを伝え合いました。

ところが、万葉集を最終的に編纂した家持なのに、自分の母の名を記録しませんでした。

それは、母の一族が謀反の誣告罪で、長屋王によって死罪を告げられ、皇太子の取り成しで流罪に留まったという事件があったからでした。
少し複雑ですが、系図を使って紐解くと多くの謎が解けていきます。

文章にするには数千字を尽くさないと説明が難しいのですが、口頭だと上手く説明できるんですね。
歴史カフェでは、これら豪族や天皇家の複雑な背景なども説明します。
それは大伴旅人の一部分でもありました。

歴史的背景を知ると、歌の数々が深い意味を持ち、それが現代に生きる私たちに生きる意味を問いかけてきます。

白と黒の世界がカラーになって、息づき始める。
それが学ぶ喜びだと教えてくれます。



20190713


歴史カフェ 7月21日

太宰帥 大伴旅人 -万葉集から描く筑紫の日々ー

https://lunabura.exblog.jp/30342060/




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by lunabura | 2019-07-13 20:28 | 万葉・日本書紀の風景 | Comments(0)

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