人気ブログランキング |
ブログトップ

ひもろぎ逍遥

熊本美里山都4 男成神社 健磐龍とは神八井耳命の子供だった




国道218号線に戻ってさらに東に向かうとすぐに左手に大きな鳥居が出て来た。
男成(おとこなり)神社だ。




c0222861_2064472.jpg

鋭角に脇道に入ると、高度が上がりながら果樹園らしき所を抜けていくと杉並木の参道に出た。








c0222861_207165.jpg

周囲に人家が無いのに、良く祀られている。









c0222861_2072376.jpg

祭神は天照皇大神、神武天皇、神八井耳命。

配祀神として阿蘇十二神、須佐之男命、稲田姫神が祀られていた。


社伝によると、「神武天皇76年、神武天皇の孫である健磐竜命(阿蘇神社の主祭神)が行宮を建て皇祖を祀ったことがおこりである」という。

「舒明天皇12年(640年)、阿蘇大宮司が阿蘇十二神を勧請し社殿を建て、阿蘇神社の分社とした。建久3年(1192年)には、祇園宮を相殿に奉斎し、祇園宮と称した。男成という社名の由来は、阿蘇大宮司家代々の元服が行われたためである。明治8年(1875年)郷社に列した。」
とある。

神武天皇の子に神八井耳(かむやいみみ)命がいて、その子が健磐龍(たけいわたつ)命(阿蘇都彦)だという。

この健磐龍命は阿蘇神社でも一宮として祀られている。

驚いたことに健磐龍命の名は次の幣立神宮にも出てくる。
幣を立てたのが健磐龍命なのだ。


今通っている国道218号線は日向往還に沿って造られたらしく、健磐龍命は日向から幣立神宮、男成神社と、巡行したことになる。私たちのバスは逆コースを辿っている。







c0222861_2091821.jpg

健磐龍命はここでは祖先神を祀った。それが当社の三祭神だ。
そのためか、阿蘇大宮司家がここで代々元服を迎えるという。


数年前、この神八井耳命を探して草部吉見社に行ったが、その気配が無かったのも、ようやく理解できた。草部吉見社の方は兄の「日子八井耳命」(国龍神)を祀っていたのだ。


日子八井耳命
は古事記の方に載っている。

つまり、阿蘇に祀られる兄弟神(神八井耳と日子八井耳)は、古事記でしか理解できないことになる。

そして、健磐龍の別名は阿蘇津彦命という。

つまり景行天皇の時に出てくる阿蘇津彦とはこの神霊が現れたということになろうか。








c0222861_2093772.jpg

ここに来て、阿蘇の神々のことが、少し見えて来た。



男成神社 上益城郡山都町男成519


<20190803>
    




c0222861_21545322.jpg



c0222861_15184581.gif


by lunabura | 2019-08-03 20:10 | バスハイク | Comments(0)

綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25