2019年 08月 14日
脇巫女Ⅱ 2 モノノベに告げよ
2 モノノベに告げよ
星読は二つ目の「言の葉」を見せた。
2015年11月8日 (二)
われ三度降臨す
われこの地に君臨す
月守の民、星読みの民、力を与えよ
この地を守りし我に力を与えよ
物部の者たちよ、わがが仕えし神に このことを伝えよ
脇巫女よ 物部の民に このことを伝えよ
ここに出てくる「われ」は先の文とは違い、この地に三度降臨した神のことだ。
「われ」はこの地を守る神だ。その神が「我に力を与えよ」と言っていた。
「月守の民」(つきもり)「星読の民」(ほしよみ)という知らない名が出て来た。
この民たちが「われ」に力を与えることができる。
そして、物部の者たちに、そなたらが使えた神に「このことを伝えよ」とも言っている。
「脇巫女」には物部の民にこのことを伝えよ、とも。
いったい何の話だ。
この「われ」とは誰なのだ。先日のイチキシマヒメのことなのか。
イチキシマヒメはこの鞍手に降臨した三女神の内の一柱だ。
イチキシマヒメはこの時以外に、もう二度降臨したということか。
「月守の民」とは。
「星読の民」とは。
「脇巫女」とは。
訳が分からなかった。
七色が言った。
「そういえば、るなさん。この前会った時、物部はまだ世に出る準備が出来ていないのかな、って言われたでしょう」
「え?そんなこと言ったっけ」
そう言いながら、思い出した。
あの日は色んな話をしたのに、気づくと物部の話題は全く出て来なかったのだ。ここは物部の里なのに。それで、そんな言い方をしたのだろう。
イチキシマ姫が結婚したのがニギハヤヒだ。ニギハヤヒこそ物部氏の始まりだった。イチキシマ姫とニギハヤヒの関係は深い。
ニギハヤヒはこの鞍手に隣接する宮若市の笠置山に降臨したと伝えている。宮若の笠置山の麓と天照神社に祀られている。
ところが、この鞍手とその周辺ではスサノヲを祀る神社が多い。おおよそヤマトタケルとミヤズ姫と合わせて三柱の形を取っている。この三神に共通するのは草薙剣の継承者ということか。
そうそう、鞍手の古物神社(ふるもの)はもう一柱祀っている。それは新羅僧の道行が熱田神剣を盗み出した時、その剣がここに降って来たことから、その神霊たる布留魂大神を合わせて祀っていた。草薙剣のことだ。
並べて見ると物部たちの神は様々だった。
物部はかつて二十五部衆居た。
それぞれが氏神とする神は物部神話の中でもそれぞれに縁が深い神を祀っているのだろう。
七色は言った。
「夫は物部の末裔なので、子供たちも物部の血を引いていることになるんです。だから物部の歴史を明らかにして浄化する必要があるのです。るなさんが謎解きをして、私がゴメンナサイをするのです」
七色には覚悟が出来ていた。その思いは真っすぐ私に届いたが、私には書く義理は無かった。
脇巫女の名も初耳だ。私は尋ねた。
「脇巫女ってどんなの?」
「『存在』があって、その両脇で神託を伝える巫女です」
「両脇に?じゃあ、二人いるの」
「そうです。一人はるなさんです」
「???そうなってるの?じゃあ、もう一人は?あなたなの?」
七色はうなずいた。
七色と星読の間で既にこういう話になっていたようだ。私には分からない。
「この話を「物部の民」に伝えるわけ?
鞍手に降臨した「われ」に力を与えるように。
物部たちが仕えているそれぞれの神にこのことを伝えるようにと?
どうやって?」
手段はネットしかない。
「この話をブログに書くの?」
「そうです。るなさん、書いてください」
と七色は言った。
二人の真剣な表情を見て、私は決心した。
「書きましょう」
星読が神妙な風情で頭を下げた。
それにしても、月守の民と星読の民とは何なのか。
聞いたことも無い名だったが、これについては星読の「言の葉」の続きから次第に明らかになっていった。
<2015年11月8日>(三)
星座「ケフェウス座・アルデラミン」の和名を地名にもつ「鞍手・くらて」。
この「ケフェウス座」は変光星を持つことから信仰の対象として、
また、星読みの対象として扱われていたことは明白。
この地「鞍手」は星読みの民が暮らす地
星読みの神(占星術師)の声を伝える民(もののべ)が従う地
星読みの神の声を聞く脇巫女が「もののべ」に伝え、
「もののべ」たちは仕えるそれぞれの「神」(王)に伝えに走る
その星読みが行われていた場所・・・むつが岳
むつが岳・・・三女神天降の地
三女神の一人が「卑弥呼」
三女神は三人の「卑弥呼」
「ヒミコ」・・・・・「姫巫女」
「卑弥呼」は歴代の「ひめみこ」のことで一人ではなかった
ヤマトタケルはなぜ「くらて」に立ち寄ったのか
勝利を祈るためか
戦いの時期を聞くためか
ヤマトタケルは戦いの民でもある「もののべ」にクマソタケルに嘘の報告をさせ勝利した
大和の高い位をその報酬として・・・・・
「もののべ」によって星読みの民はこの地を追われ宇佐へ
・・・・姫大神となった三女神
ジングウコウゴウは「もののべ」に守られ戦いへ・・・
星読はネットで「鞍手」(くらて)の語源を調べたら、私のブログにヒットした。
ケフェウス座のアルデラミンを和名で唐戸星(からとのほし)と呼んだ。
「からと」と「くらて」は発音が変化したものだ。
だから、アルデラミンは鞍手の星でもあるという訳だ。
そのケフェウス座の中には変光星のミラが含まれている。
星読はこれを書き写していた時、自然と続きの言葉が出て来たという。
「自分の考えか、降りて来た言葉なのか分からない」と言った。
「それでいいのではないですか」と私は言った。
自我と超意識の境目は思ったほど強固ではない。常にオーバーフローしあっている。自分の考えと思っていて、実は思わされていることは多々ある。
変光星を持つケフェウス座が信仰の対象となり、星読の対象となった、という考えが生まれ、「星読の民」の役割が「言の葉」に出て来た。
ちなみに、星読(ほしよみ)という男性の仮称は単に私が考え付いた名であり、「星読の民」とは別のものだ。偶然だが、ややこしくなってしまった。
話を戻そう。
「言の葉」から伺えるのは、
鞍手町には「星読の民」が暮らしていた。
この民は占星術師を神とし、その託宣を「脇巫女」が聞いた。
そこには各地の「もののべ」たちが控えていて、託宣が出ると自分たちの邑(むら)に戻ってその神(王)に伝えに行くようになっていた。ある意味「もののべ」とは「物述べ」の側面があった。その星を読む場所が六ケ岳(むつがたけ)だった。
すでにこの時代に、「神⇒脇巫女⇒各地のもののべ」の組織があったことになる。
この組織は奇しくも吉野ケ里を世に出した高島忠平が卑弥呼の鬼道として発表しているものと同じだった。
三女神はそれぞれが姫巫女(ひめみこ)であり、「ひみこ」だと「言の葉」はいう。
そして、ヤマトタケルが唐突に出て来た。
もともと九州にはクマソタケルが居た。そこにヤマトタケルが来てモノノベを利用して勝利した。
それから星読の民は鞍手を追われて一部が宇佐に逃げた。
宇佐八幡宮は比売神を祀っているが、この比売神は三女神のことでもある。
その後、ジングウコウゴウも鞍手に来た。
神功皇后にとって日本武尊は義父なのだから、時期は接近している。
そうだ、神功皇后と日本武尊の両方に仕えたのが武内宿禰だ。
武内宿禰は二度鞍手に来たことになる。
そして、物部氏には物部膽咋(いくひ)がいた。イクヒは娘を景行天皇に嫁がせているので、最長老になる。
星読の「言の葉」はこの「脇巫女」の時代が日本武尊から神功皇后の時代の話だと伝えていた。
そして、私たちはこの時代の「光と闇」に巻き込まれていった。
<20190814>
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ありゃら、体調が悪くのんびりと過ごしていました。
久々にブログを拝見し、「脇巫女」の文字が・・・・
なんとなく嬉しいいような、照れくさいような感じがします。
「脇巫女」のこと大切に思っていただきありがとうです。
今後の展開を楽しみにしています。
久々にブログを拝見し、「脇巫女」の文字が・・・・
なんとなく嬉しいいような、照れくさいような感じがします。
「脇巫女」のこと大切に思っていただきありがとうです。
今後の展開を楽しみにしています。
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by lunabura
| 2019-08-14 20:18
| 「脇巫女Ⅱ」
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Comments(1)









