2019年 08月 27日
脇巫女Ⅱ 7 金星の聖図形
脇巫女Ⅱ
7 金星の聖図形
さて、
「るなさんが謎解きして、私がゴメンナサイをするのです」
と言った七色は人知れず黙々とそれを実行していた。
六ケ岳の崩落部にある鳴谷の卍の場所が土砂崩れに弱い地形と分かると、すぐに祈りのために登っていた。
七色は本気だった。
新たに、日本武尊から小狭田彦が香月姓と褒賞を貰った話、そして星読が想像した過去の話を聞くと、すぐに祈りに発つために計画を立てて言った。
「これでやり残した宿題は終わるかな?」
しかし、どうもそれほど簡単に終わるものではなかった。
これは単なる序奏に過ぎなかった。
フルツキが鞍手の神社群を地図上で調べていて、不思議なラインが存在することを発見した。
各神社それぞれの道路や参道などを見ていると、五芒星が描けるというのだ。
その五芒星の頂点や交点などに神社やランドマークがあるという。
この五芒星は「天空の星を時計とするための目盛りを大地に刻んだもの」だそうだ。
各神社の描く五芒星の大きさは少しずつ違っていた。
その星を一つずつ描いていくと、それぞれの五芒星が一本のラインに乗って来た。
そのラインはカーブを描いた。
その行き先は六ケ岳の最高峰の旭岳だった。
つまり、六ケ岳の旭岳から五芒星がしだに大きくなりながら大地に描かれていたというのだ。
それを「金星による聖図形」と名付けた。
それはフィボナッチ数列で描かれているという。
フィボナッチ数列 ―――
それは阿蘇山の「噴火を鎮めるために配置された神社群」にも使われている。
阿蘇の場合は「炎のピラミッド」という名称で学会で発表されて公認された。
それは古墳時代に配置された神社群だった。
私はそれを知って、直ちに阿蘇を廻り始めたが、二日かけてようやく半分しか廻れないほど広大な絵図だった。そして、後半を廻る計画を立てている途中、あの阿蘇の大地震が起きた。
話を鞍手に戻そう。
五芒星が描くラインは旭岳から三本、ラセンを描きながら広がっていた。
そして、ラインの一本が一箇所で断絶し、少しずれた状態で再び描き直されていた。
その断絶した所を繋いでいくと地図上に断層が現れたというのだ。
つまり、誰かがラセンを描いた後、地震が起きて断層が走ったために大地がずれてしまい、ラセンもずれてしまったために、修復するために新たにラインを引き直しているというのだ。
大地に描かれたラインの断絶が示す断層は六嶽神社の傍ギリギリを通っていた。
この断層はまだ世に知られていないものだという。
既知の断層の延長上にある。
しかも、修復されたラインは三重なので、ズレは一度だけでなく、二度起きているという。
いつ断層が出来たのだろうか。
もちろん、断層が起きた話などは歴史書には書かれていない。
取りあえず、日本書紀や真鍋大覚が記している地震などについて列記しよう。
①
まずは西暦200年の新羅の慶州を震源とする地震。
神功皇后の船団が着いたタイミングで大地震が起きた。
その時の津波が新羅国の半ばまで押し寄せた話が日本書紀に書かれている。
今、その浜辺には原発団地が並んでいる。
新羅を揺らした津波は玄界灘も揺らしたのではないかと考えている。
②
次に雄略9年(465年)。宗像で大陥没が起きた。
そのため大島と陸が分けられた。大島はそれまでは陸続きだったという。
物部氏(真鍋家)は、その深夜に天頂に足した星に倶楽羅星(くららのほし)という名をつけた。
大島と陸の間の瀬戸の名は倉良(くららの)瀬戸という。
語源はギリシャ語の谷(キダラ)であろうという。
その瀬戸が出来る前には、大島と宗像が陸続きだったとなると、古代の物語の解釈も変わる部分が出るかもしれない。
この大島が西山断層の延長上にある。
つまり、西山断層が出来た時に、端っこが激しく揺れて、海溝が出来たのではないか。
あくまでもイメージだ。西山断層とは犬鳴連峰と言ったほうが地元には分かりやすいだろう。
③
雄略9年(465)。日本書紀には雄略天皇が自ら新羅を討とうとして胸肩神を祀らせると、神は「行ってはならぬ」と神託を下した、と記されている。
真鍋は、それについて、神が災害を予知したのではないかと記す。
④
雄略17年(473)筑紫野市の針摺瀬戸が大洪水で埋まり、玄界灘と有明海の水路が断たれた。
⑤
欽明14年(553)3月、阿蘇山が大噴火した。(阿蘇社記)
⑥
西暦573年に大雨のため、筑紫の水城が決壊して、博多湾周辺が大洪水になって家々が流された。
⑦
天武7年(679)に筑紫大地震が起きた。耳納山脈に大断層が生じた。
この6年後に南海トラフが起きている。
そこまで書いたとき、夢でもう一つ記すようにとメッセージを受けた。
⑧
仲哀帝6年(197)に瀬戸内海と響灘を結ぶ関門海峡の一部、早鞆瀬戸(はやとものせと)が出来た。(真鍋大覚による)
ここで思いがけず、台風や地震などを知ることになった。
星読の2015年11月17日(十)「言の葉」に出た
「月守の民」「星読の民」は共に「闇神」を拝す
「星読の民」追われしとき、「月守の民」この地を追われる
「闇神」荒ぶる神、
人々恐れ敬うも、遅し
人々災い恐れ、この地より去る
は、これと関係があるのだろうか。
フルツキと七色と私は一月に鞍手で会う約束をしていたが、直前にこのようなデータに遭遇したため、鞍手巡りはこの「金星の聖図形」や断層などを検証していくものになった。
<20190827>
脇巫女31 金星の聖図形と断層
異世界小説
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by lunabura
| 2019-08-27 19:51
| 「脇巫女Ⅱ」
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