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ひもろぎ逍遥

魏の時代と卑弥呼




中国ドラマの「三国志―軍師連盟」を観ています。
司馬懿(しばい)という人が主人公ですが、別名「仲達」と言えばアレかと思う方もいるでしょう。

司馬懿が仕えているのが曹操(そうそう)の子・曹丕(そうひ)。
つまり、魏の国のお話なんですね。

魏と言えば魏志倭人伝。
つまり邪馬台国や卑弥呼が出てくるわけです。

魏は西暦220年から265年に存在したので、卑弥呼が死んだ248年を含んでいます。

卑弥呼はこの魏に朝貢(ちょうこう)しているので、すでに生まれているのかなあと思いながら見ています。





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中国ドラマの考古学的な考証はどの程度なのか、真偽を気にしながらも、銅鐸の楽器が出てきたり、竹簡を読んでいたりと、面白いシーンが沢山でてきます。

食事もお箸ですね。




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着物は「呉服」ともいうように、中国由来なので似ていて当然なのですが。






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何もかも似ていて、ずっと不思議な気持ちで観ています。




で、数万の兵に甲冑を付けさせ、武器を持たせ、制服を着せて、となると、膨大な資源と工房が必要だった訳で、その国力の大きさと戦いを見ていると、何故、遠く海を隔てた邪馬台国の存在にまで目が行き届くのか謎になってきました。

何せ、糸島まで使者が来るのですからね。


魏の建国が220年。卑弥呼が使者を初めて送ったのが238年。
弥生時代の人たちは情報を手に入れるのが意外と早いですよね。

邪馬台国にとっては、遠い中国大陸の政変とか、関係ないだろうに。
魏の後ろ立てが必要だったのです。

邪馬台国には中国に通じる深い縁があったと考えるようになりました。
呉でなく、魏に送ったのは何だったんだろう。


最近は弥生時代の硯が数多く発見されて、漢字文化の始まりの時の見直しがあっていますが、中国からダイレクトに使者も来るのですから、当然漢字を読み書きできる人がいたはずですね。
もちろん高位の人の特権でしょうが。
物部氏とか、すごく詳しく縁起を記すので、漢字は大切にしていたと思います。

船乗りもある程度知っていたでしょうね。
積み荷を騙されないために。


<20190906>





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Commented by 山の肥後人 at 2019-09-08 10:00 x
るなさん、こんにちは!
下にある「魏志倭人伝1」を読みました。
るなさんは真鍋大覚氏のいう「ありなれ川」が存在し得ると考えますか?
存在しなくても、彼のその説は私の本「魏志倭人伝の路」を読めばわかりますが、
私の説の「後押し」となるものです。

彼のいう奴国と不彌国の位置関係は、同意できるものです。
ただ当時の奴国は私の本に書いておりますが、那珂川のもっと上流です。

るなさんがいう「邪馬台国には中国に通じる深い縁があった」との考えには、
私の本ではっきりとは書いておりませんが、片鱗でも感じてもらえればよいのですが、
強く同意するものです。
Commented by lunabura at 2019-09-13 09:38
ありなれ川や古代の地理は、洪水マップで調べると一目瞭然ですね。
by lunabura | 2019-09-06 20:30 | 邪馬台国 | Comments(2)

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