2019年 09月 14日
靫(ゆぎ)を愛する人は武人か工人か
まだまだ熊本県立装飾古墳館の印象が心に残る。
靫(ゆぎ)を見ていると、添えられた円文が的に見えたり、楯(たて)に見えたりする。
今回の印象を書き留めておこう。
靫とは矢を入れて背中に負う容器だ。

石に精巧に彫り付けた靫。上の方には矢も彫られている。左の巴形は多分、鞆(とも・ほむた)。
弓を引いたときに手首に弦が当たって怪我をするのを防ぐもの。
そうすると、一番右にある円文は的ではないかと思われる。
被葬者は弓の名手だったのだろうか。

こちらは赤色が良く残っている。靫、靫、靫。どれだけ靫が好きなのか。
弓の名手が埋葬されたのだろうか。
その間に円文が二段に彫られている。すると、やはり円文は的に見えてくる。
どこかに弓が彫られていないだろうか。あいにく良く見えない。
彼らはどんな弓を弾いていたのだろうか。

こちらは見えにくいが、弓が彫られている。
左から弓、靫、となると中央の円文は楯(たて)だろう。そして鎧、刀と飾りの円形の玉。
私にはそう見えた。
その中でひときわ大きいのが靫だ。鎧は可愛い大きさだ。

珍敷塚古墳壁画を見ると、靫が三つ並んでいるように見える。
こうなると、擬人化しているようにも思われる。
弓の名手たちか。
右手のカエルは古代中国展でも馬具(杏葉)のデザインなどに見られた。
左手にはエジプト壁画に似た船と鳥。円文は位置からして、太陽に見える。

さて、こちらは靫靫靫靫。14も!
靫(ゆぎ)と靫の間に鞆(とも)が見える。
すると、右の円文はやはり的だろう。
この被葬者も弓の名手か。
もしかしたら靫や弓を造る工人集団の長かも知れないとも思ったりする。
武器工人となると、かなりの豪族だろう。その長なら弓の腕も立たねばならない。
靫を愛するこれらの人たちは武人だけでなく、工人もいたのかも知れないと思い始めた。
靫のデザインも四角のものと、くびれがあるものの2パターンがあるようだ。
靫を愛する人たちが熊本やうきは市にいた。
次回バスハイクで行く王塚古墳では鎧(よろい)がずらりと並ぶ。
被葬者の個性か、氏族の違いか。
いろいろと想像されて面白い。
「矢」については、実際に残っていた「古墳時代の矢」を古賀市船原古墳で見たが、それは驚くほど精巧な造りだった。既に矢は進化を極めて、完成形だった。
円文も鏡か的か、太陽か魂か、それぞれ違っているようだ。
<20190914>
熊本県立装飾古墳館 山鹿市鹿央町岩原3085 電話 0968-36-2151
by lunabura
| 2019-09-14 20:18
| <古墳シリーズ>
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