2019年 11月 18日
『神秘書』第1条 アマテラスの西インド生まれ説を紹介しているのは
『高良玉垂宮神秘書』の第1条には「天照大神は西インド生まれ」という説を、異説だがと断りながら紹介している。
荒唐無稽な話として自分の中で終わらせていたが、良く考えると、神道の国に仏教を採り入れた時、先人が苦心して編み出した融合策の名残がこれだ。
その融合策を本地垂迹(ほんぢすいじゃく)という。
本地垂迹とは
「日本の八百万の神々は、実は様々な仏が化身として日本の地に現れた権現(ごんげん)であるとする考えである。」(ウィキペディア)
つまり、天照大神とは大日如来が日本に来た時に採った姿と説明されたのである。
そういう背景を知らない庶民は、
「仏さまが皆天竺(インド)から日本に来て神様になったのなら、アマテラスさまも天竺から来たのかのう」
とでも言ったのだろう。
この『神秘書』の成立時期を考えると、江戸幕府が出来る頃、その前後なので、当時の人の考えを知るという点では、興味深いものになる。
この時代の人々は「何故そういうのか」「何故そうなったのか」という興味を率直に抱いていたことが伺える。
荒唐無稽と思えるのは上の説以外に、「倭」についての説明だ。該当部分を紹介しよう。
第1条
天照天神、西天竺より出生、とも云う。異説の記なり。千八人女、西天竺より来る。人間を生ず。倭国、倭の字はこれによりて千八人女と書くなり。
【訳】天照大神は西インドで出生したともいう。異説の記である。千八人の女が西インドから来た。人間を生じた。倭国の倭の字はこれによって千八人女と書くのである。
「倭」の字を分解すると「千八人女」となるので、千八人の女が西インドから来て人間となった。
という説明を編み出している。
面白いのは、江戸時代になろうとする時代に、人々の興味の中に「倭」が残っている点だ。
大伴旅人は、歌の中で「倭国」と「日本」を厳密に分けていた。
金印の時代から少なくとも江戸初期までは「倭国」という認識があった証である。
<20191118>
脇巫女は終わっていませんが、あれこれと手が回らずにいます。
ご紹介の記事、拝読しました。分かりやすかったです。ありがとうございます。








