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ひもろぎ逍遥

第12回 バスハイク 大伴旅人ゆかりの地めぐり1 坂本八幡宮




②大宰府政庁跡

さて、大宰府展示館で梅花の宴のジオラマなどを見学したあと、すぐ隣の大宰府政庁跡に行きました。





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石碑の奥が大宰府政庁跡です。とても広いのですが、画像では線しか写ってませんねえ。
その向こうに蔵司(くらつかさ・地名)と坂本八幡宮大城山(おおきやま)が見えています。

旅人邸について、坂本八幡宮の掲示板に、「近くにあった」と記されているのですが、
旅人の歌には「わが丘」という表現がいくつか出てきます。

そして大城山を歌ったものが見られるので、「大城山が見える丘」が条件となります。

そこで、目を付けたのが蔵司の丘です。
ここからは多くの施設跡が発掘されています。
32人も一堂に会せて、食事が出せる場所ということで、蔵司が該当するのではないかと考えています。





③坂本八幡宮

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坂本八幡宮には新しく「令和」の碑が建っていました。そこから蔵司を撮りました。
この丘に旅人邸があり、ここで最愛の妻を亡くしたのかもしれません。

次は葬式の時の旅人の言葉と歌です。

大宰帥大伴卿の、凶(きょう)問(もん)に報(こた)ふる歌一首  
   (凶問:弔問)
 不幸事が起きて、弔問客が集まった。ひたすら心が崩れるような悲しみをいだき、独り断腸の思いで涙を流す。

ただ両君の大いなる助けによって、消え入りそうな命を永らえている。筆では言葉が書きつくせないのは古今嘆くところである。 
     (両君:未詳)
793番
世の中は 空しきものと 知る時し いよよますます 悲しかりけり
(世の中は空しいものと知る時 いよいよますます悲しいことだ)


神亀五年六月二十三日

二人の友達に支えられて何とか生きているように語っています。
この二人の友人とは誰か、分かっていないのですが、
私は山上憶良と沙弥満誓ではないかと考えています。

憶良は後に心打つ挽歌を嘉麻市で作ってくれました。

想像ですが、満誓は枕経を読んでくれたり、葬式の手配をしてくれたのではないでしょうか。

妻が死んだのはホトトギスが鳴く初夏の頃です。

しかし、秋になって萩が咲くころになっても悲しみは癒えませんでした。
オス鹿がメス鹿を求めて悲し気に叫ぶ声を聴くと、
まるで自分が亡き妻を求めて泣く姿に重ねてしまうのでした。

 大宰帥大伴卿の歌二首(内一首)
1541番
わが岡に さ男鹿来鳴く 初萩の 花嬬(づま)問ひに 来鳴くさ男鹿  (坂本八幡宮歌碑)
  (わが住む岡に牡鹿が来て鳴いている 初萩の花の咲く時 花妻の妻問に来て鳴く牡鹿よ)





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坂本八幡宮へ向かう小路。



<20191201>





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by lunabura | 2019-12-01 20:13 | 万葉・日本書紀の風景 | Comments(0)

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