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ひもろぎ逍遥

日本武尊と金剛タケル8 十五社神社 下大隈 武尊は熊野彦を遣わした 




遠賀川の土手道の左岸にラーメン屋がポツンとあって、その隣に神社がある。
誰もが気になる所だが、ここもまた日本武尊の足跡がある宮だった。

駐車場は土手の下に降りる道があるので、そこを下るとサイクリング道路の側に一般用の河川敷駐車所がある。







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十五社神社の社前のようす。

十五社神社は昔は二つあった。こちらは中間市下大隈の宮になる。

【中間市史】によると、祭神は
天照皇大神、古留神、大原神、春日神、松尾神、稲荷神、加茂神、八幡神、住吉神、広田神、玉津島神、熊野神、白山神、竈守神、生田神
と、十五柱になっている。

ここの「下大隈」の地名由来に、日本武尊の侍臣の熊津彦から来ていた。

<下大隈村の由来は、『十五社神社社伝』に
「人皇十二代景行天皇の十八年、日本武尊が熊襲征伐のとき天神地祇に戦勝を祈らんと、御供に従った日向の国人熊津彦を遣わされ、この地を宮所と定められ、諸神を祭り奉ったといわれ、この地を名付けて大熊村と称した>

日本武尊が熊襲征伐の時に戦勝を祈願するとき、お供の熊津彦をここに遣わして諸神を祀った。


また、斉明天皇がこの付近の日本武尊の足跡を訪ねまわり、ここにも訪れている。

<三十六代斉明天皇に至り、西征の途路、日本武尊の戦績を尋ねられて、この地に行幸され、侍臣に命じて前記諸神の十五神を合祀せしめられ、国家鎮護の神廟を建立された。」
と書かれている。これが下大隈十五社神社の縁起である。>

斉明天皇は朝倉に行く途中だった。船で響灘を通過中、嵐に遭遇して夜になっても船が揺れ続け、着岸できなかった。その場所が虫生津の港の前の淺木神社の所だった。そこには日本武尊が祀られていた。

斉明天皇はその加護を感じ、中間市の磐瀬宮に滞在している間、日本武尊の足跡を訪ねた。この神社のその一つで、ここには神という神が沢山祀られていて、天皇は驚いたことだろう。斉明天皇は国家鎮護の神として祀ったという。









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対岸を見ると、中央より少し右手に金剛山が見えている。その麓に敵はいる。
遠賀川はこの付近で蛇行しており、南西にある山脈が正面に感じられる地形だった。
(どれがどの山かは、きっとチェリーさんが画像を作ってくれる!(^^)!)

この土手は江戸時代のものなので、当時は島だっただろう。




中間市大字下大隈1175−3



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<20200313>


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by lunabura | 2020-03-13 20:05 | 日本武尊 | Comments(0)

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