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ひもろぎ逍遥

日本武尊と金剛タケル10 十五社神社 下大隈2 敵を挟むレイライン


さて、中間市にある二つの十五社神社の内、ラーメン屋さんの横の宮は下大隈にある。

この地名の由来は日本武尊が熊津彦を遣わして天神地祇に祈ったことから、その人の名が大隈という地名になったという。

文脈からは日本武尊が直接訪れていないような感じで、気になっていた。
境内から自然に目に入るのが金剛山なのだが、尺岳は何処だろうと思っていた。


ここで、別名「人使いの荒いブログ」がチェリーに厚かましくオーダーを出したら、早速調べてくれた。













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何と、尺岳は金剛山に重なっているという。
そして、またもやチェリーさんが大発見。

チェリーさん曰く、
「尺岳は、ちょうど金剛山の真後ろになり、見えません。
不思議なことに、十五社神社・杉守神社・金剛山・尺岳が、一直線になりました!」
                                 

つまり、「敵の金剛山」を「香月氏の領土の杉守神社と尺岳」が挟んでいて、そのラインの延長上に祭祀点を置いたということになる。
これまで、ライン上に載って来る神社はいくつもあったが、誰がそのラインを設定したのかが文献に載っているのを見つけた初めての例だと思う。

「垣生(はぶ)の十五社神社」が陣営で、「下大隈の十五社神社」が祭祀場となる。
このポイントでなければならなかったのだ。
これはラインを利用した敵国降伏の実例として、これからのラインの解釈に貢献することだろう。

ちなみに祭神は【中間市史】によると、
天照皇大神、古留神、大原神、春日神、松尾神、稲荷神、加茂神、八幡神、住吉神、広田神、玉津島神、熊野神、白山神、竈守神、生田神
とある。

八幡神は次の時代の神なので、本来は「天照皇大神」で、後に十四神が追加されたのではないかと考える。

ちなみに天照皇大神は天神ではなく、地神である。

中間市大字下大隈1175−3


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Commented by チェリー at 2020-03-21 02:15
いつ、誰がつないだかを想像できるラインはあります。明治維新政府の神代三陵とか、徳川家の駿府城・東照宮とか、聖武天皇の国分寺とか…でも、比較的新しいというか、歴史がはっきりした時代のものですね。それに目的は明確とはいえないし、文献はないと思います…尾張国一宮の「大神神社」は、大和系の人々が三輪の神を祀ったことにはじまると、説明板に書いてあったから、移民が原因だったと思うけど、何故三輪山から北東方向の地を選んだのかは、わからないです。
lunaさんがおっしゃるように、十五社神社-尺岳のラインは、いつ、誰が、何の目的で設定したのかが文献で説明できる、最初の例かもしれません。しかも、神話に近いような時代ですよね。
あっ、そういえば、草薙の剣を預かった宮簀媛(みやず)姫の館と伊吹山の間にラインがあったぞ!と思いましたが、これもヤマトタケルのお話でした!
by lunabura | 2020-03-16 19:59 | 日本武尊 | Comments(1)

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