2020年 09月 17日
脇巫女Ⅱ57 香月実篤3 狂気と悔恨と
香月実篤(かつきさねあつ)は朝廷軍が進軍する前に、戦わなくて済むように、目的地に先に行き、交渉する前のお膳立てをする役目を担っていたと言う。
そして、戦になってしまったら、その後を始末し、民が生きていけるような国造りにも関わったと言った。
アルゴラの王妃が神功皇后に連絡をして来た時も、まずはこの男が出向いた。すぐには会えなかったが、環境を調べてまわり、アルゴラには水が無くて苦労していることを観察し、川を引いて信用を築こうと考えた。
香月実篤は話を続けた。
「血に染まった土地は5年、10年、人の血に染まった土地は、なかなか元には戻りません。いつまでも血塗られて。あの土地でしか生きられない民の事は一つも考えない。民は暴力的な私達をやっつける訳にはいかないんです。
ある時には暴力や強さが必要かも知れないが、あとあとまで面倒を見てあげなければ、元に戻さねば。
それが我々香月一族の一面、役割でした。
物部の者達は、タケルに反乱を起こした者と、タケル側についた者とに分かれました。
最初は何故、同じ物部がこんな風に分かれなければならないかと思いましたが、我々はタケルの方に付いて行くことを決めました。
何か、理屈ではないのです。何か光るものがある。今までと違うものを感じたんです。何かが変わるかもしれないと。
あそこで暮らしてみて、やはり物部という一族は、上の方の者は当たり前のように良い暮らしをしている。
ただ、民の方をみれば貧困にあえぐ生活。物部一族にとっては良かったかも知れませんが、みんなが幸せにならねば。
私はたまたま物部の方に生まれたから良かった。だが、もし私が物部の方に生まれなければどうなっていたんだろうと思う。
人は、生まれよう、生まれ落ちた場所でこんなにも違うのかと。
こんな事を考える私はおかしいのであろうと。
戦いも先の後になってきた私は、そう考えざるをえなかった。
そう、私の気持ちはあのクラージュの民にあった。
私はただ前線に出て戦うのではない。
自分の技量、自分の力は自分で解っている。ただ諦めてはおらん。
何故、私は先に行く者、最初に行く者に選ばれたかは良く解っておる。
私は侍らしからぬ様相をしておる」
菊如が言った。
「背もちょっと小さくて華奢な方ですもんね」
それに応じて香月実篤は言った。
「ああ。侍には見えんらしい。安心に見えて、怖さは与えんらしい。ただ、自分では一番侍らしいと思っておった」
そう言うと、遠い眼差しになって、ヤマトタケルに初めて会った時の印象を語り始めた。
「あの時に、そう、初めてヤマトタケルの一行を見た時は、神だったなぁ。
初めて見た。今まで会ったどのような侍とは違う風格をしておった。
その頃から、私の心はタケルに。
これは理屈ではない。何かを感じたんだ。何かが変わると。
それは理屈ではなかろう。何かを感じた。ただ、それだけ。
そして自分が出来る事をするべきだと考えた。
あの頃は楽しかった。わかるか。
心が躍る。
ただ、今思えば逆に、人としての心を失っていたかもしれん」
その言葉には悔恨が混ざっていた。戦いという暴力の悲惨な結果が記憶に染みついていた。
高揚と後悔。実篤にとっては分離できない感情だった。
菊如は語りかけた。
「私にはそこは分からないですよね」
と言うと、香月実篤は「楽しかった」と繰り返した。
菊如が
「言いますね、スクネさんも。みんな楽しかったって」と言うと、
「それが狂気の沙汰なんだ」とその時の光景を思い出しながら答えた。
「私は楽しくなかったんですね」と菊如の過去生、神功皇后が言った。
「それは女にはわからん。
力だけではなく、戦略の少しの痛みと…。
何がそなたと違うか。生きている実感があるのだ」
身を乗り出して答えると、香月実篤は遠い目に戻った。
「もう一度、私はあの地で、大勢の血が流れたあの地で、大勢の兵が命を失ったあの地で、償いをせねばならん。
今度は大勢の者に命を与えたい。
私は神ではないが、そのような事が出来る。人を殺めるのではなく、人を活かす力の仕事をしたい。それが私の償い。
民の命を奪ったという事は、私は暗い顔をしていなければならないのだが、私自身としては、生きている実感があり、心惹かれるものがあった。
ヤマトタケル。
そぅ、憧れるというのか、今の言葉でいえば、心惹かれるものが備わっていた。
その者が私の事を見てくれている。
男として、これほどの、生きる、生きている実感はないではないか。
そう、生きている実感が。
私はこの者の為なら命は惜しくないと思った。そういう者がそばにいるという喜び。
その者の存在が嬉しいではないか。
私が幸せ。
そういう者に出逢えたという事だ。私が幸せ。
そこを思い返す反面、あの血みどろになった土地が思い浮かぶ。
そう、刀傷は3日やそこらでは死ねん。
まだ死に至らずにうごめく死体が何百何千と転がっていた。それに、とどめを刺すのが私の役目。
3日も4日も瀕死の状態なのはむごいではないか。
手を合わせながらとどめを刺すのが私の役目。
それが役目。
だから私も背中から斬られた時、恨む気持ちは無かった。いつもそうやってとどめを刺しながら何時か自分も刺されるんだろうと。
何時でも覚悟が有った。
でも、それでもあの方の側にいたかった。あの方の役に立ちたかった。それが幸せだった」
香月実篤は狂気の中の自分を見つめる力があり、現実に対して向き合う良心と行動力があった。
しかし、実際に民の暮らしを立て直すことへの限界は大きかった。
実篤は新たな知識を欲した。
それは戦ったあと、支配する国に対して、復興するための構想や技術だった。
クラ―ジュでの戦いを終えて収束させた後、いったんタケル軍から離れて、海外に学ぼうという夢を見つけた時、その命は終わった。
<20200916>
パラレルワールド 異世界小説
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