2021年 03月 15日
「二つの七支刀」の準備中
「豊の国古代史研究会」で次に話すテーマは「二つの七支刀」です。
みやま市(旧山門郡)の「こうやの宮」に伝わる七支刀を持つ洋装の神像と、奈良の石上神宮の七支刀の話です。
七支刀が複数ある事は実験考古学で証明されました。
これまで教えられた西暦369年説が、全く個人の想像だったことも、実際に七支刀を九博で見て明らかになりました。
これらの話をブログではバラバラに書いていますが、今回は総編集です。
結局は物部氏の話になりますね。
これは「福岡と佐賀に伝わる日本武尊の伝承」も同様で、筑豊にやって来た日本武尊が一人で戦えるわけは無く、筑豊にいた物部氏たちがどうやって日本武尊を支えたか、という話でもあります。
物部氏の香月氏が日本武尊から「香月姓」を賜り、その子孫が筑豊の広大な地域の支配層に着任していくようすが見て取れます。
話を戻しましょう。
「こうやの宮」は奇跡的な縁を得て、直接画像を撮る事ができました。
これをパワーポイントに載せながら、ああ、これは久留米大学公開講座で話せば良かったな、と思いました。筑後地方の人が一番知りたいことなんですから。
来年、話せるようにお願いしようかな。
で、この動画は冒頭部分が無料公開されるので、その一部でも見ていただけるように、冒頭で話すようにしましたよ。
この段階で、急ぎの別の仕事をいただいたので、それが済んで七支刀の話が完成したら、またご案内します。
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