2021年 04月 25日
「植物文様」の世界
藤枝守作曲の「ルネサンスの植物文様」を聴きながらブログを書いている。
この曲の存在を知ったのは西日本新聞の記事からだった。
公演の記事なので、既に終わっていた。
植物に流れる微細な電流を人間が聴ける音に変換する。
そんな人がいるとは。それが聴けなくて残念だった。
もう十年近く前の話だ。
かつてモデルの山口小夜子がアジサイの唄う歌を聞いたという話を読んだことがあった。
コーラスを唄うアジサイ。
私も聴きたかった。
しかし、それを聴くためには何時間も見つめていなければならないという。
それを、誰もが聴けるようにした作曲家がいたとは。
きっとそれは妖精たちが聴いている世界。
妖精と植物の交歓を人間の耳で聞ける世界がある。
それから十数年経って。
今、この不思議な曲をCDで聴いている。
ハープやチェンバロで奏でられる世界。
人間のリズムではない。
メロディーも異なっている。
身体で拍子をとるわけでもなく、メロディーが追えるわけでもない。
そこに「在る」、「存在」の唄とでも言おうか。
心地よい。
私はピアノを売り、楽譜を捨て、歌を歌わず。
そんな暮らしを二十年以上も続けている。
その身体に「植物の織りなす文様」が浸み込んでくる。
琴より余韻の短いハープ。
その余韻の微妙な短かさは、いかにも植物の唄を思わせる。
私達が庭や森で感じるあの心地よさ。
それを耳から聴いている。
CDのジャケットはフラクタルな繰り返し文様。
それがラセンを描く。
青い深い世界。
それを手にした時、私は目を奪われた。
植物と人間の「あわい」。
そんな異次元の世界。
そんな作曲家と私が一緒に神楽(?)を造る。
そんなことが人生に起こるとは。
「八雲と向日葵」の先にそれが在る。
<20210425>










