2021年 05月 04日
豆つぶ隕石とムクノキと「ふるの御魂」
真鍋大覚が記す星や鉄の話は想像を超えるものが多く、実際にモノが出るまでなかなか信じがたいこともある。
「星」が落ちてくると「隕石」となるが、古代日本では「飛石」と呼んでいた。
糟屋には「飛石八幡宮」という神社があるが、これももともと隕石にちなむ社号ではないかと考えている。のちに神功皇后が来て「わびし」と言ったことに結びつけられたのだろう。
「わびし」が「たびし」と変化したという。
さて、真鍋は隕石が落ちると、落下地点にムクノキを植えたと記している。
この黒い実が隕石を連想させるからということだ。
実際、古社には、ムクノキが植えられている所もあるので興味深い話だ。
久留米市の御井小学校の正門からすぐの所にもムクノキがあって、かなりの古木だった。
近くに出目袴着神社があり、天体石があったことを思い出す。
そこから登った所にある大学稲荷神社は、まさしく古代の製鉄、鍛冶の跡と考えている。
ムクノキにちなむ状況は揃っていて、何となく雰囲気は分かるのだが、肝心の隕石がムクノキの実の形をしているのかと考えると、どうも心もとなかった。
須賀神社の隕石は手のひらに載るほどのサイズだ。
豆粒サイズの隕石もあるのだろう、と想像するしかなかったが、昨日のネットで証拠物件を見た。
三センチの豆粒サイズの隕石が実際に存在した。
この発見は隕石落下を見て、現地に行き、五日後に発見したというので、古代も現代も変わりないのだろう。

画像の剣はツタンカーメンの剣で、隕鉄で出来ていた。すでに三千年以上前に人類は隕鉄を使いこなしていた。これを「ふるの御魂」と物部は呼んでいたという。「フツ」の御魂は砂鉄の剣。
考古学系の講座で隕鉄や褐鉄鉱の話を尋ねるとすべて否定された。
だから工学系の講座に出掛けると、人類はまずは隕鉄に出会い、次に褐鉄鉱、そして砂鉄、それから鉄鉱石という話を聞くことが出来た。こうして真鍋の話の裏が取れた。
この一枚の画像も何年も掛けてリサーチをして出来たものだ。
真鍋の話は壮大なので、この人生では捉えきれないんだろうな。
でも、星の話は楽しい。
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