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ひもろぎ逍遥

12 如月 とらわれの人生


 

時は今年の冬に遡る。

そもそも「ヒカリ」の始まりはここからだ。


遡って記録を辿ろう。

この話がヒイラギの話に繋がっていた。


今年になって、菊如との間に宮地嶽神社の話題が出るようになった。

その後、202124日に菊如は独りで宮地嶽神社に出掛けた。


その奥の院の宮地嶽古墳に行くと、古墳の中から龍神が出て来たという。

その龍神は怪我をしていた。


何者かに封印されているらしい。

結界も壊されている。


菊如は七回参拝することを約束して帰った。


電話で私達は話し合った。


龍神なら水に関わることかと、私は境内の水や磐座について話した。


境内にある大きな禊池は昭和に造成されたもので、宮地嶽古墳の横の広場はもともと小山になっていたのが、土取りをされて禊池の土手になっている。


広い境内の奥の奥には滝が在ったが、それは開発工事のために枯れてしまった。神功皇后も祈願したという滝だ。


古墳の中の不動尊は江戸時代に古墳が開口したあと、英彦山の修験僧が土砂を掻き出して祀ったものだ。


宮地岳への登山口は古墳の右手にあり、山頂には朝日に向かう磐座がある。


古墳の前の社務所の裏には小山があり、不動尊が祀られている。


何かヒントになろうかと、あまり知られていない話をした。


そして、翌日、菊如は二度目の不動尊参拝をするということで、私に連絡をしてきた。

私達は古墳の前で落ち合い、一緒に境内を歩いた。


213日。


今度は崋山も来るということで、私達は福津市の観光案内所で待ち合わせて、史跡を案内した。


椎ケ元観音、龍光山恵華寺跡地、風降神社、奴山古墳群を廻り、縫殿神社まで案内した。

これは備忘のために記しておこう。椎ケ元観音では鑑真の弟子という僧が出てたが、必要ならまた記す。


220日。


私達は再度集まって歴史結願をした。


この日、如月(きさらぎ)を呼んで、話を聞くことにした。

如月は宗像の地から離れられない人生を送っていた。


崋山にすぐに女性が掛かった。

菊如が「こんにちは」と言うと、女性は右袖で口元を覆う仕草をし、首を振った。

「どうなさいました」

「しょせん、こんなものです」


「何かありましたか。つらいことがありましたか」

「私の中にいろいろな思いが・・・

そなたは何故、私を呼び覚ます。

私に気づいてか。私の嘆きに気づいてか」


「ずっと苦しみがあったのですね。安らげる時が無かったのですね」

「何故、この世に私は。またこの世に。人々は己の利益によりて、様々なものを犠牲にする。人の慈悲の心よりも、すべて人間の利益が先。


私がどんな事を思おうと、どのようなことを願おうと、いろいろな計画により、私の想いの範疇ではない所ですべてが進む。女はみな心を持てば持つほど生きにくうございます」


よほどの苦しみを持った人生だったのだろう。優雅な所作をした女性だった。菊如はその首元を見て言った。


「首の所はどうされたんですか」


「ここには烙印(らくいん)が押されています。

この地から去らぬようにと。他の男に身を委(ゆだ)ねぬようにと。

このケロイドがあれば、どんな男も気持ちが悪うて、近寄らぬ。

火であぶった鉄を…。

あなたは知っていますか。木に家紋を入れるのに、それを…」



「その傷跡はもう要らないものですね。消しましょう」

と言って、菊如は傷跡を消した。


「この印は私の魂の過去生からのもの。私は永遠に鎖につながれている。鎖に…」


聞くも無残な話で、ここに書くこともはばかられたが、全体を見通すために記すことにした。


あとで、如月という女性だったことが分かった。

 


途中で、別のものが割り込んで来た。


20210808


Commented at 2021-08-10 17:28
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
by lunabura | 2021-08-08 18:48 | ヒカリ | Comments(1)

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