2021年 08月 08日
12 如月 とらわれの人生
時は今年の冬に遡る。
そもそも「ヒカリ」の始まりはここからだ。
遡って記録を辿ろう。
この話がヒイラギの話に繋がっていた。
今年になって、菊如との間に宮地嶽神社の話題が出るようになった。
その後、2021年2月4日に菊如は独りで宮地嶽神社に出掛けた。
その奥の院の宮地嶽古墳に行くと、古墳の中から龍神が出て来たという。
その龍神は怪我をしていた。
何者かに封印されているらしい。
結界も壊されている。
菊如は七回参拝することを約束して帰った。
電話で私達は話し合った。
龍神なら水に関わることかと、私は境内の水や磐座について話した。
境内にある大きな禊池は昭和に造成されたもので、宮地嶽古墳の横の広場はもともと小山になっていたのが、土取りをされて禊池の土手になっている。
広い境内の奥の奥には滝が在ったが、それは開発工事のために枯れてしまった。神功皇后も祈願したという滝だ。
古墳の中の不動尊は江戸時代に古墳が開口したあと、英彦山の修験僧が土砂を掻き出して祀ったものだ。
宮地岳への登山口は古墳の右手にあり、山頂には朝日に向かう磐座がある。
古墳の前の社務所の裏には小山があり、不動尊が祀られている。
何かヒントになろうかと、あまり知られていない話をした。
そして、翌日、菊如は二度目の不動尊参拝をするということで、私に連絡をしてきた。
私達は古墳の前で落ち合い、一緒に境内を歩いた。
2月13日。
今度は崋山も来るということで、私達は福津市の観光案内所で待ち合わせて、史跡を案内した。
椎ケ元観音、龍光山恵華寺跡地、風降神社、奴山古墳群を廻り、縫殿神社まで案内した。
これは備忘のために記しておこう。椎ケ元観音では鑑真の弟子という僧が出てたが、必要ならまた記す。
2月20日。
私達は再度集まって歴史結願をした。
この日、如月(きさらぎ)を呼んで、話を聞くことにした。
如月は宗像の地から離れられない人生を送っていた。
崋山にすぐに女性が掛かった。
菊如が「こんにちは」と言うと、女性は右袖で口元を覆う仕草をし、首を振った。
「どうなさいました」
「しょせん、こんなものです」
「何かありましたか。つらいことがありましたか」
「私の中にいろいろな思いが・・・
そなたは何故、私を呼び覚ます。
私に気づいてか。私の嘆きに気づいてか」
「ずっと苦しみがあったのですね。安らげる時が無かったのですね」
「何故、この世に私は。またこの世に。人々は己の利益によりて、様々なものを犠牲にする。人の慈悲の心よりも、すべて人間の利益が先。
私がどんな事を思おうと、どのようなことを願おうと、いろいろな計画により、私の想いの範疇ではない所ですべてが進む。女はみな心を持てば持つほど生きにくうございます」
よほどの苦しみを持った人生だったのだろう。優雅な所作をした女性だった。菊如はその首元を見て言った。
「首の所はどうされたんですか」
「ここには烙印(らくいん)が押されています。
この地から去らぬようにと。他の男に身を委(ゆだ)ねぬようにと。
このケロイドがあれば、どんな男も気持ちが悪うて、近寄らぬ。
火であぶった鉄を…。
あなたは知っていますか。木に家紋を入れるのに、それを…」
「その傷跡はもう要らないものですね。消しましょう」
と言って、菊如は傷跡を消した。
「この印は私の魂の過去生からのもの。私は永遠に鎖につながれている。鎖に…」
聞くも無残な話で、ここに書くこともはばかられたが、全体を見通すために記すことにした。
あとで、如月という女性だったことが分かった。
途中で、別のものが割り込んで来た。
<20210808>








