2021年 08月 28日
脇巫女Ⅱ63 香月智経1 木月の宮を作って子供たちを育てた
2021年8月19日。
セイハが魂の旅に出た。人生の謎を解く旅だ。
過去生の一つに「脇巫女」の時代に生きていたことが分かった。
崋山に魂のカケラを入れると、男が現れた。
菊如が言った。
「お久しぶりです」
「いずれ来るとは思うておった。が、こういう道筋で来るとはのう」
「お名前は?」
「あの山の上で宮司としゃべっておったの」
「はい、そうですね。お名前は?」
「ワシの名はカツキトモツネ。香月智経」
「モノノベの方ですね。古物に関係してありましたね」
「ああ。あの一帯が私が守る場所。ただ、あちらのモノノベとは話が違う。そう、サンジカネモチ、あれはよそ者。ワシらはこの地にいた。
どこもかしこも戦ばかり。
一番の被害者は誰だと思う?
勝った、負けたばかりやっておって、この土地が誰の土地だと思っておる。
一番の被害者は誰と思う?
戦いの中で育つ子供たちだ。
ワシらが、いや、みな何のために戦うか口々に言っておる。
残す子孫のため、とかな。
だが、子供を見てみよ。血の中で育っているではないか。そんな不幸があるか」
香月智経は鞍手の古物神社一帯を守っていたという。
すると、フルベモノノベか。
サンジカネモチを知っていたので「脇巫女」の時代の人だ。
同じ物部でも、サンジカネモチは後から渡来してきているので、鞍手ではよそ者扱いをされていたようだ。
当時、物部同士で争いがあっていたらしい。
菊如は尋ねた。
「それであの場所、木月に居られたんですね。木月は昔は何と言いましたか」
「昔は『ちくじ』だ。築地」
「チクジがキヅキに変わったんですね」
「ああ」
「子供たちを育てるためですか」
「ああ。そのためよ」
木月と言えば、鞍手の剣神社がある所だ。そこは子育ての杜で、神功皇后が日本武尊と話し合いをした場所だ。剣神社の左手には不思議な広場がある。
「正面から右は子供、左は会合したりしていた場所ですか」
「昔話じゃ。あの頃、モノノベの間で小さないざこざから、意見の食い違いが起きた。これからどうやっていくか、モノノベの中でも意見が対立した。
鉄で一儲けしたいという者。
穏やかに暮らしたいという者。
海を出て、学びたいという者もいた。
今はまだ小さな船かもしれん。
時々大きな船が行く。海の向こうには我らが知らぬものもあるでの。
意気揚々と刀を振り回している者のために、我慢をしてこの地を守る大勢の者たちもいた。
何故、侍のためにこの地がある?
ワシは同じモノノベに幾度も捕えられた。ワシは声を上げた。
『落ち着け。むやみやたらに戦をするものではない。信念があり、それを通すのが戦』
人の血で雨が降ったようになり、土が血に染まり、だんだん草木が生えぬ土地になっていく。死体と血のり。
このような中で子供たちを育てて、最高の武将を作る?
ワシから見たらふざけておる」
どうやら、香月智経は物部の内部対立のなかで、反対派に捕らわれたようだ。
ここで身を乗り出して話した。
「ここからは内密の話よ。
物部に捕えられ、せっかんされた。それを繰り返した私だが、これを見ていた者がいた。名前は同じ香月でも会わせたい人がいる、とな」
菊如は即座に答えた。
「香月実篤ですか」
「何で知っている」
香月智経の方がのけぞって驚いた。
香月実篤は第二タケルの前駆を務める者で、各地に交渉して下地を作る男だ。
しかし、サンジカネモチが生きているなら、初代タケルの時の話になる。既に交渉役を務めていたらしい。
菊如が言った。
「お会いしました」
と言った。もちろん、結願の時のことだ。すでに香月実篤は登場している。
「ほお。で、会ってほしい人がいるというので、ワシは会った。
あっちから船で渡って来た者だ。
実篤がどうしても話したいことがあるとワシに言った。そしてこう言った。
『お前の所業を見て来た。その思いを見て、どうなるか分からぬが、ワシ等が見て来た者と違う意識を持った者が向こうから来る。出雲から、タケルが』とな。
ワシから見たらみんな敵だ。誰に合うも怖くない。
夜、峠で会うことになった」
「峠は何処ですか」
「鞍手を通り越して」
「猿田峠ですね」
「ああ、何で知っておる」
またもや智経が驚いた。
私達はもう何年もこの世界に関わっているのを、智経は知らないらしい。
当時、鞍手に秘密裡に入るなら、密談する場所として猿田峠の豊日社の場所はふさわしかった。
智経が言った。
「向こうから実篤ともう一人の男が来た。もう、ワシ等が見たことのないような身なりだった」
「馬に乗っていた?」
「いや、馬は足音で気づかれる。歩いて来た」
「身なりが違ってた?」
「初めての時にな。香月のスクネと実篤とやって来た」
香月のスクネなら武内宿禰のことだ。本名を香月篤盛と言った。
どうやら、初代日本武尊が鞍手に来る直前の交渉のようだ。すると、神功皇后もその後来たことになる。
私が尋ねた。
「神功皇后とは会いましたか」
「神功皇后は会うたことはない。あれは、とてもとても、ワシ等の身分ではのう」
そう言って、香月智経は話を戻した。
「峠で一晩語り明かした。朝廷の方はどうしたいのか。
こんなに血塗られてしまったが、この地には鉄がある。
鉄に血が混じったらどうなるか。使い物にならぬ。
朝廷よりこの地をまとめる。
有効な鉱物を使い分け、土地を強固なものにして、外からの敵を防ぐ。
船がこの地に着く。ある程度の武力がなければならぬ。
その前にモノノベを収めねばならん。
そこでワシに力を貸してくれと言った。
ワシは全部信じることはできなかったが、戦を終わらせるのに、こいつらを使えばよいと思った。それならば新しい平和な国が造れる。
ワシは戦わぬ。人は殺さぬ。
それでもワシを使う場所があればワシは尽力すると言った。
実篤は自分達では決められぬと言って戻って行った」
菊如がもう一度尋ねた。
「額田の山で?」
豊日社の上に7世紀、額田王(ぬかたのおおきみ)が滞在した話が出ている。斉明天皇が中間市の磐瀬宮に来た時代のことだ。
「ああ。それから十日ほど経って、使いが来て、もう一人が来て言った。
『お前は刀を持ち、戦場に出ることはせんでいい。子供たちを集めて育ててくれ』と言った。
信じられぬ話だが、この地には巫女的な子、普通の人とは違う感覚を持った子が生まれる。雨が何時降るか分かったり、土から何が採れるか分かったり。この地にはそういう子が生まれやすい。
で、スクネの話を聞くとスクネもそうであった。
この地で生まれ、朝廷に入った。
朝廷は不思議な力を持つ子供たちを集めたいというのが本音のところだ。
ここでワシは考えた。
選別した子供を集めはするが、ワシは普通の子たちも集めようと思った。
ワシがほざいてもどうもならん。
子供たちを救える機会はあると思い、その話をワシは了承した。
朝廷の、あやつらの力を見たいと、心の底で思うた。
お前たちが戦いを望まぬなら力を貸そうと。
チクジを建てるのに、どれだけの資材を船で持って来たことか。
山を崩し、石や木をどかし、あっという間に宮を建てた。
この状態を見た時、反対しているアイツらが不憫になった。
やめとけ。
とワシはアイツらに言うた。
よそ者も良い所は貰えばいい。
共存すればいい。
自分達が古いという気持ちだけでは、どうにもならん。
それであの宮を作ってくれれば、ワシはそれでよかった。
木月に女子供たちを集める大きな場所、孤児院みたいな場所を作った。
侍は悪いこともする。女と見れば見境のうて、手籠めにして、生まれた子供もおる。
女は相手がどんな男であれ、我が子となれば愛おしい。そんな女も来た。
生め。
ここで安心して生め。とワシは言った。
どういう事情であれ、生まれた子供と母親が安心して生活できる場所ができるならそれで良かった。
予算は回してくれるしの。
あの地だけは争いのない所に。
あっちも何も言ってこない
ワシの思うようにやれた。
あの地に辿り着く女性たちをの。
ワシは皆の親父のようにの。
子供は宝ではないか、の。
意気揚々と刀を振り回した男にしないため、の。
自分で物事を選べるようになるまでは、優しさや愛情で育てるべきじゃからの。
アイツらは男の子は六つから刀を持たせる。アイツらは戦いの世界が現実で。
幼子が刀をわが相棒と思うようになるまで、寝る時も布団の中に入れされて育てておる。
ワシは不満だらけだ。
生むか、生まぬか、泣きながら来た人がワシの一言で笑顔になり、安心して生める。
生んだあとも、安心して子育てができる」
「キヅキの始まりに関わったのですか」
「ワシが築いたのだ。それから、そこを女性に安心して任せたら、それぞれにやりたいこと、落ち着くこと、女のくせにこういうことがしたいと言い出した。勝手にやれ、とワシは言うた」
香月智経の願いは子供たちを平和な愛情ある環境で育てることだった。
一方、朝廷は鞍手に入って来て、特殊能力を持った子供たちを育てたかった。
朝廷は香月智経に子育ての宮を作らせる提案をし、智常は承諾した。
そして、妻と共に木月の宮を経営した。
「あとは嫁さんに取り仕切らせて」
「ああ。任せた」
「嫁さんはここにいますか」
「言わない。男に言わすな。
女がいきいきと集まるところがあればよかった」
智経は照れてそっぽを向いた。
私たちは笑いながら一緒に来たヒロコを見た。
ヒロコは「私?」と驚いた。
二人は現世で親友になっていた。
<20210828>