人気ブログランキング | 話題のタグを見る
ブログトップ

ひもろぎ逍遥

12月11日(土)のバスハイクは鷹羽の屯倉と京都郡の古墳群




12月のバスハイクのスケジュールが決まりました。


21回 バスハイク 豊国 鷹羽・京都 

豊国の屯倉と京都の古墳群

20211211日(土)  


 磐井の乱から7年後、豊国に五つの屯倉が置かれましたが、桑原屯倉と我鹿屯倉については、田川郡に桑原神社と我鹿八幡神社が祀られています。


琴弾の滝は天智天皇が命名した滝です。


京都郡は景行天皇の行宮があったことで知られていますが、風土記逸文には「天照大神の神京か」と記されています。


磐井の乱後から多くの古墳が造られました。


橘塚古墳は大型の方墳で、綾塚古墳は宮地嶽古墳に次ぐ長さの石室があり、女帝神社の鳥居があります。甲塚方墳は九州最大の方墳です。


このほか豊前国府跡などを回ります。


天神900=(田川郡)桑原神社=香春神社=琴弾の滝=(みやこ町)橘塚古墳、綾塚古墳、甲塚方墳、豊国府、みやこ町歴史民俗博物館など=天神


12月は土曜日です。


始まりの時間も9時に変更しました。

最近は遠方からの参加の方も多く、多分始発便で天神まで来られているので、30分遅くすることで、参加しやすくなればと思います。



磐井の乱後に葛子が糟屋屯倉を献上したことは良く知られていますが、そのわずか7年後に豊国には五つの屯倉が置かれました。五つは他よりかなり多いです。


その事情については何も書かれていませんが、実はその間に「磐井の残党」の叛乱が起きています。その時、共に叛乱したのが豊前の一族なのです。



磐井自身も豊前で亡くなった話が風土記に書かれているわけですが、当地にいろいろと記録が残っていました。



季刊「邪馬台国」の「筑紫君磐井をたずねて 第二回」では、「磐井の残党の叛乱」について詳細に書きましたが、その現地を少しずつ案内します。



まずは鷹羽に記録が残る二つの屯倉。それから山の中に天智天皇の足跡があるので、そこまでバスで行きましょう。午後からは、有名な古墳群、福岡の人は必見の古墳群をみやこ町の博物館の案内でまわります。


申し込みは「歴史と自然をまもる会」まで。


前回は「道の駅いとだ」で参加される方がありました。

また、途中から希望する方で、何処でピックアップしたらよいか分からない方もありました。


前回のコースでは都市高速の篠栗付近で降りて、あとはバイパスに乗りました。

その間のバス停ならピックアップできるかもしれません。

福岡も広いので、参加方法は直接「まもる会」の方に相談してください。



申し込み先:「歴史と自然をまもる会」  092-408-7140

申し込みは火曜日~金曜日 10:00~16:00

参加費 5000円 当日払い



12月11日(土)のバスハイクは鷹羽の屯倉と京都郡の古墳群_c0222861_16592737.jpg
(福智中宮神社にて)



11月の分も載せておきます。


20回バスハイク 豊の国鷹羽 香春町

香春岳と採銅所と宇佐銅鏡

20211126日(金) 




銅山として知られる香春岳の周辺には旧石器時代からの人の営みが見られます。景行天皇の時代には神夏磯姫が夏吉を開発しました。


続けて神功皇后が訪れて鏡山大神社で祭祀をしますが、その妹と思われる豊比咩が三ノ岳の麓の阿蘇隈に祀られています。


その翌年、神夏磯姫の子孫の夏羽が当地で討たれ、妹の田油津姫が神功皇后を暗殺しようとして失敗したことが若八幡神社に伝えられています。


最澄は兄妹の怨霊を鎮めるために六ケ寺を作りました。8世紀になると宇佐神宮の神鏡が採銅所で造られ、豊比咩は古宮八幡神社や香春神社にも祀られました。


鶴岡八幡神社は源為朝が社殿を若干造営し、梶原景季が源義経の代参をしています。現人神社にはツヌガアラシトが祀られ、大岩山弘法院には磨崖仏があります。

(ヒカリの舞台です)


今回は香春岳を巡る歴史を見ていきましょう。



なお、阿蘇隈神社は町に案内を依頼していますが、申し込みが早すぎて確約できないとのことで、ガイドがない場合は車中から見るだけになります。その時はご了承ください。

 


天神=若八幡神社=(五徳畑ケ田遺跡)=大岩山弘法院=香春神社=鏡山大神社=香春町歴史資料館=郡役所跡=阿蘇隈神社=清祀殿=古宮八幡神社=現人神社=鶴岡八幡神社=天神


11月の出発は8時半です。


20211101




12月11日(土)のバスハイクは鷹羽の屯倉と京都郡の古墳群_c0222861_21545322.jpg

12月11日(土)のバスハイクは鷹羽の屯倉と京都郡の古墳群_c0222861_15184581.gif


Commented by チェリー at 2021-11-03 00:03 x
 うちの団地は標高372mの山の南西側の麓にあるのですが、時計回りに麓を回ると、山の北西側に「久々利(くくり)」という集落があります(岐阜県可児市)。綾塚古墳に祀られる「八坂入媛命」の出身地です。景行天皇が「泳宮(くくりのみや)」で最初に見初めたのは、妹の「弟姫(おとひめ)」で、麓の道をそのまま時計回りにずっと進んで盆地に出たその斜面に、地元では弟姫の古墳と伝えられる「乙塚古墳」(岐阜県土岐市)があります。一辺27mの方墳で、7世紀前半の築造ですので時代的には伝承と合わないのですが、綾塚古墳と近い頃かな?
 八坂入媛命、何故遠く離れた京都郡みやこ町で祀られるのか?驚くばかりです。
by lunabura | 2021-11-01 17:00 | バスハイク | Comments(1)

綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25