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ひもろぎ逍遥

19出雲貴船 セオリツの足跡を求めて


(脇巫女Ⅱ67 出雲のセオリツの再掲)



(これは「脇巫女」Ⅱ67の再掲だ。



この日の事を考えていたが、どうやら最終章の流れにあると気づいた。


すでに「脇巫女」で記した内容だが、画像を入れながら「ヒカリ」の方に分類しなおして、もう一度紹介したいと思う。

チェリーが早速現地を調べてくれていたので、その画像も参照したい)



今年、2021年、令和3年。再び1010日がやってきた。

1010日」は例年、何かが動き出す日だった。

これまでは、だが。


今年も何か起きるのだろうか。

何も感じるところが無かった。


ただ、昨年、崋山が福津市の波折神社で遷宮祭のポスターを見た時、「私、この日に行きたい」と言った。それが、事の始まりだった。





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遷宮祭は20211010日と書かれていたが、何故かその日付には訂正のシールが貼られていた。


あとで神社に尋ねると、例年この日は秋の大祭がある日なので、遷宮祭をこの日に行うことに問題が生じたらしい。


それで祭近くになって再び尋ねると、遷宮祭は109日に、秋の大祭は1010日に催されるということだった。コロナ渦なので小規模で行い、明けてから大々的に執り行うことになったという。

それでブログには祭の案内を書かなかった。



1010日は午後2時から神輿が出るという。

崋山に他に行きたいところを尋ねると、セオリツが育った宮に行きたいという。

それは嘉麻市と飯塚市にある。


距離的に間に合うかどうか懸念があったが、他に行く所もない。


まずは桂川町(けいせんまち)の王塚古墳に挨拶してから行こうと私は提案した。








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この古墳の地下にオーヴィラージュが眠っている。


ここは目の色も肌の色も、男女の差別もなく武器を持たない理想の邑(むら)。

神々が降りてくる邑。

それがアルゴラだった。

アルゴラに引き取られたセオリツが何処に行ったか。


まだ分かっていなかった。

それが分かるのか、さえ分からない旅だった。


何のために私たちは動いているのかさえ、実の所、分からない。


ただ、私達は遠い過去生で何かをしくじったらしい。


何をしくじったのかが分からないと、解決はできない。

そのために記録しているのが、このウーナや脇巫女の話だ。


思えば、「脇巫女」を書き始めたのは星読と七色に依頼されたからだった。

あの出会いが無かったら、神々の言葉も胡散霧消していただろう。




さて、今年の1010日の前の年に遡る。


思えば、昨年、十数名で大島に渡り、竜宮社に船で参拝する予定が、シケのために不発に終わったことが始まりだったと今更ながら思う。


藤島で新鮮な魚の料理を食べたあと、予定が無くなった私たち10名ほどは、そのままフェリーに乗って神湊(こうのみなと)に戻って来た。


菊如が言った。

「るなさん、何処か行く所ない?」

皆この日を楽しみにしていたのに、ぽっかりと時間が空いてしまったのだ。


期待する皆の顔を見て、瀬織津姫を祀る神社に案内しようと思いついた。

これなら、きっと皆さん喜んでくれるだろう。


そうして、宗像市の釣川のほとりにある皐月宮と、福津市の波折神社に案内した。

正真正銘、この二社は瀬織津姫を祀る神社だ。



そして、冒頭の遷宮祭のポスターに出会い、崋山は惹かれた。

そして、1010日を迎えた。


朝、10時の出発だ。

まずは王塚古墳に行こう。それから、筑後国造に連れて行ってもらったコースを辿ることにした。





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王塚古墳の次は貴船神社に行った。

そこは出雲という所にあった。


脇巫女の時代、クラ―ジュの月守宮(鞍手町木付剣神社)でサガミが亡くなった。

ところが、サガミは目を開けたままだった。


これは何か解決せねばならないことがあるのだろうと、オーヴィラージュの所に使者が来た。


オーヴラージュは月守宮に行き、サガミの抱えていた秘密を知った。


サガミは秘かにセオリツを預かって育てていたが、自分が死ぬとセオリツの素性を知る者はいなくなる。

それを恐れたために、サガミは死しても目を閉じなかったのだ。


オーヴィラージュはセオリツを預かると、貴船神社で巫女として育てた。




今度はオーヴィラージュが死を迎えようとした時のことだ。

オーヴィラージュは自らの霊力をヒイラギに伝えるために神功皇后の力を必要とした。


クラ―ジュに使者が送られた。


ヒイラギは貴船で神功皇后を「まだか、まだか」と待っていた。








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この方角をヒイラギは見ていた。

何処かに王塚古墳があるはずだが、よく分からない。

しかし、神功皇后は間に合わなかった。


神功皇后はオーヴィラージュの御魂を青い壺に封じた。


それからホウケントウ古墳のある丘の地下かその周辺にその青い壺を埋納したという。



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今回再訪するに当たり、地図を見ていると、貴船神社からホウケントウ古墳までは100㍍ほどしか離れていなかった。

初めて行った時は、道が狭すぎるために車で直接移動が出来なかったのだ。


そこで、古代の人の感覚を掴むために、今回は歩いて行くことにした。



貴船神社の丘から少し下って廻り込みながら歩けばいいはずだ。

地図を見ながら行ったが三叉路で方角を見失った。


崋山がスマホにホウケントウ古墳を尋ねると、あと3分の所に来ていた。

なんと、三叉路の左手の丘が古墳の丘だったのだ。

山だったから、分からなかったのだった。




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あらためてホウケントウ古墳まで行ってみると、何となく、貴船神社の参道は王塚古墳に向いているようだし、貴船神社に手を合わせると、ホウケントウ古墳の方角を見ているような印象を受けた。


いずれも歩いていける距離だったのだ。

方角については、チェリーが確認してくれた。


参道や方角は合っていなかったが、位置関係がよく分かる。

木が無かったら、目視できる状態だった。




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ホウケントウ古墳に関しては、英彦山に主軸を合わせていることをチェリーが見つけた。


そうか。

ヒイラギはのちに男達に巫女として連れて行かれ、英彦山の麓で人生を終えたという。

ヒイラギはここに埋葬された話も出ていたので、これまた初代二代と複数いるのだろうか。



ここで12時も回ってしまった。崋山が行きたかったのは龍の宮だが、そこまで行ったら祭に間に合わない。レストランも寄れない。


私たちはコンビニで食料を調達して、そのまま波折神社に向かった。


着いたのは2時半ごろだった。ちょうど御神輿が出発するところだった。



20211121


by lunabura | 2021-11-21 11:41 | ヒカリ | Comments(0)

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