2021年 11月 25日
22 タギツ 巫女とは
ユウの過去生からタギツを取り出した。
「こんにちは」
と菊如が声を掛けたが、タギツは頭を振るばかりだった。
「つらかった?」
と再び声を掛けると、タギツはようやく口を開いた。
「私がしなければならないことを…。
この村を守るため、人を守るために、私がしなければならないことを、あの方が…。
私は幼いころからそうやって生きるために育てられました。
そうやって、いざという時には私が身代わりになって、この地を守るのが私の務めでした。
いざ、その時が来て。大きな魔物が来て…。
怖ろしく、逃げたくなりました。でも、しなくてはならない。
怖ろしかった。
その時、後ろから衣なのに、お日様のように輝く、光のような薄いピンクの衣の人が現れて、
『案ずるな。私が身代わりになる。
今までと変わらず、村の人たちを幸せにするように』
と、肩を叩かれて、私はこの地に戻って来ました。
それから、私は今までこの地のため、この人々のため、私に持てる力を出してきましたが、最大の私の役割をすることが出来ず、すべてを投げ出してしまいたかった。
大きな恐怖が来るとき、身代わりとなり、女神のみならず、巫女という立場である者はいざという時に身代わりとなって、贄となる…。
神々に通じる女、巫女とは生け贄になるために育てられた者です。
神や邪悪なもの、聖なるものに関わらず、神々に備える者として巫女があります」
菊如は「額にコブのようなものがありますね」と言った。
すると、タギツは「私は醜女(しこめ)でした」と小声で言った。
「元からですか?能力があったようですね」
「これのせいかどうか、分かりませんが、女性とか、女神に比べて…醜女でした。このコブに力があったかどうかは分かりませんが、いやで…。人とは会いませんでした。このコブを見てお婆様が私に占いを教えました」
私は尋ねた。
「土地とは何処ですか」
「サムライがいる所」
「クラージュ?」
「ええ。モノノベ」
「香月?」
「いいえ。ニノブ。ニイブ。ニイブがニノブになりました。分かれ道にいました」
新延だ。その分かれ道に住んでいたという。
「池があって…」
「亀甲?」
「はい」
「あなたは石占いをしていましたか」
「ええ。人に会わず、薄暗い所で。病気や何かを。跡取りは誰がいいかとか、いつ頃種を播いたらいいかとか、そんな占いです。身近な人が死ぬとき、コブが痛むんです。
このコブのせいであまり人と会う事はしませんでした。
私は次の人生はあると思っていました。
だから、巫女になり神の貢ぎ物になれば、美しい女性に生まれ変われると思いました。
いろんな人に会って、いろんな所に行けるようにしてあげるような暮らしがしたい。
よその人と関わることをしない土地。私の姿が良ければいろいろな人に会ってお話ししてみたい」
タギツがそう言うと、菊如が言った。
「今は転生して綺麗な顔立ちになっていますよ。そしてそんな仕事をしていますよ」
「そうですか。良かった」
ユウはタギツの願いを叶える人生を今世で歩んでいた。
私はタギツについて詳細を確認しようと思った。
タギツもまた代々受け継がれる名前かもしれない。
「亀甲で占いをしたのはあなただけですか」
「いいえ。代々受け継ぐ者がいます」
「亀甲のお婆様とはどんな人ですか」
「お婆様とはお師匠、この占いを使う御師匠様をお婆様と呼んでいました」
「あなたはヤマトタケルを占いましたか」
「いいえ。一代前の方が青い目に魅かれ、占いに手がつかず、私の代に変わりました。この土地にはいろいろな力を持つ子供がいました。ニイブで私は石占いをしました」
ヤマトタケルが熊襲討伐に向かう時に進路を占ったタギツは恋患いで占いが出来なり、この子が二代目タギツになったようだ。場所も熱田から新延に変わったらしい。
「タギツは何人もいるのですか」
「タギツとは田や畑、自然を大きく早くする役割の巫女のことです。巫女は何かがあった時には生け贄になる役割なんです」
この頃は、すでに木月宮でも才能のある子供たちが集められていた。そこで育ったのだろうか。
「あなたは何処で教育されましたか」
「亀甲のお婆様に拾われて習いました。コブで見初めたようです。愛弟子として教えられました。
自然が第一ですから、それを占うのです。
人といつ会えるか、人は来るか。
風が止むのは何時か、日照り、雨のこと、川を作るのはいつがいいか、方向を変えるのは、など、八割は自然に対しての占いでした。
だんだん、金や鉱物が出る所、どっちのサムライに着いたら良いか、そんな占いになりました」
「神の子が生まれたという神功皇后に会いましたか」
「直接には会っていません。噂を聞いただけです」
「どんな噂ですか」
「神功皇后が神の子を生んだ。それは男の子というが、実は女の子だという噂です。この世を治めるのは女性。女性の世、女性が主にならなければ安定した国にはならない。
この災いを防ぐのは女性。女性にはそのような力がある。
神の子は女。表だっては男。
それを詮索することはありません。有りえません。
必要だから生まれました。
私の土地では血生臭い裏切りが起き、信頼関係が薄れ、損得で動いています。
人間はどうなったんでしょうね。
それでも神々は助けようとする。
この国のことを助けようとする」
「あなたの時代は、あの大きな山を何と呼んでいましたか」
「六ケ岳です」
「六角形の箱のことを聞いたことはありますか」
「いいえ。聞いた事はありません」
「魔物が出て来た時、誰から身を捧げろと言われたのですか」
「地震が起きた時、地震で大穴が開きました。
遠い昔、誰かが身を投じたので地震が治まったと言い伝えていました。
大きな山が地震の度に小さくなったと。
あの山の中心に穴がある。炎が上がり魔物が出てくると、色々な方が身を投じたと。
それを押さえたかは分からないのですが、祈るか、生け贄を捧げるしかないのです」
「それならば、師匠でも良かったのではないですか」
「お婆様もそういう役目を持っていましたが、年齢の制限がありました。七つから十三の年までと」
「それではあなたは13歳になる前のことですか」
「九つの時でした」
九歳の少女が魔物に立ち向かうとは、いかほど恐ろしかったか…。
「黒い魔物を見ましたか」
「最初は影しか見えませんでした。
八つの頭と大きな黒い翼、足は鳥のような三本の足。それが影のように、はっきりと見えました。
三本の内の一本で生け贄を連れて行く。
私は怖かったんです。震えていると、後ろから『もうやめましょう。これからもずっと続いていく流れを、私が止めましょう』という声がして」
「それは人間ですか」
「実際の人だったとは思うけど、衣をまとった光が後ろから近づいて来たんです。肉体を持っているか、持っていないか、はっきりとは言えません」
「その後、あなたは六ケ岳から亀甲に降りて来たのですね」
「ええ。この姿のまま、長生きをして、78歳まで生きました。
いつでも命を落としていいと思っていましたが、代わりに身を投じた者がいるのです。何があっても命がある限り生きねばならぬと思いました」
再び三本足の鳥が出て来た。黒い翼の魔物はいつの間にか、八つの頭の三本足の姿になっていた。
それをピンクの衣のセオリツが押さえるために身を投じ、セオリツ自身がゴルゴンになったというのか。
セオリツを象徴する色がピンクだという話をワダツミから聞いたことがある。
セオリツは龍の舘から連れて行かれて何か大きな事件に巻き込まれ、天に召され、さらには六ケ岳を守るために身を投じたというのか。
その話は三つの分霊を一つにまとめた時に明らかにされるのだろう。
タギツからの聞き取りを終えた。
菊如が言った。
「今日はありがとうございました。生まれ変わったらどうしたいですか」
「この醜女はいやです」
「大丈夫ですよ。立派な姿になって生まれ変わっていますよ」
それを聞くとタギツは微笑んで戻って行った。
崋山が言った。
「この子が最後のタギツだった」と。
それなら、セオリツ以降は六ケ岳は鎮まったのだろう。
<20211125>