2022年 01月 06日
バスハイク1月 行橋苅田は古代史必見の遺跡が目白押し
今日はようやく1月15日(土)のバスハイクの配布資料を完成しました。
御所ケ谷神籠石は古代史でも交通の要衝を見下ろす、重要な遺跡ですが、そこから北西にある古代の海に沿った古墳群を見ていきます。
特に番塚古墳と石塚山古墳は歴史講座を受けると必ず出てくる重要な古墳です。
苅田町の番塚古墳は未盗掘だったらしく、全長50メートルの小規模な前方後円墳ですが、木棺が二基も出ています。
それにはヒキガエルの装飾品が付けられていていました。ヒキガエルは中国では月に住んでいます。月は大きくなったり、小さくなったり。
カエルも土の中で眠りますが、春になれば生前の姿で現れます。これが古代の人にとっては「よみがえり」の祈りと重なったんですね。
ヒキガエルが出たのは日本では他には熊本の江田船山古墳しかなく、古代中国の思想を採り入れた物として、大変興味深く思っています。馬具も沢山出ています。
石塚山古墳は四世紀前半、西暦300年頃とも言われる前方後円墳です。
ここには三角縁神獣鏡など十数面の銅鏡が出ています。
同型鏡が京都府の椿井大塚古墳や、筑紫野市原口古墳、大分県の赤塚古墳など、各地で出ているので、必ず引き合いに出される古墳です。
鎧(よろい)は花札より小さなサイズの皮を綴り合せたもので、すぐ横の歴史資料館で見ることが出来ました。
墳丘上には浮殿神社がありますが、後円部が観察できます。
このほか、御所山古墳と恩塚古墳の上にある神社は物部系で、饒速日(にぎはやひ)命を祀っています。
そして、そこから北にいくと、安曇系の宇原神社、綿津美神社などがあります。
この海域に豊玉姫が彦ホホデミ命と上陸した話があり、二人の間の子のウガヤフキアエズ命が主神となっています。
その海域を整備したのは神功皇后時代、物部大原足尼(すくね)という人で、大原八幡神社の祭神となっています。
船は安曇。
物部氏が磐井の乱で阿倍磐井を討っても、安曇族無しには移動できないわけで、その辺の棲み分けがよく分かる地域です。
現地を見ておくと、各地の歴史講座を受けてもよく理解が出きます。フィールドワークは楽しいですね。
バスハイク 2022年1月15日(土)
申し込みは歴史と自然を守る会まで
<20220106>

息を吸って、吐いたくらいの時間で、石塚山古墳に到着です。









