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ひもろぎ逍遥

29 脊翁律(せおりつ)6  成したい事をなせ 天は必ず見ている



私は尋ねた。

「見届けるというのは、私達を、ですか」


セオリツはうなずいた。


「人というものは、もちろん最初は神から作られたもの。

それが何千年の時を越え、どういうものになっているか。


まだ生かして進化をさせていくべきものなのか、

ここで一旦断ち切り、また創造し直すか、

生み出した者には責任がある。


見届けるのは神。

手を貸すのも責任。

そして破壊し、また作り直す、固め直すのも責任。


それはそなたたち人間がすることではない。


何かをしたから安泰ということもない。

日々、慎(つつし)み、考え、人間として為すべきものを為す。

神や仏につながる。


恐れることはない。


一番の恐怖は、何のために生まれたか、何も為さぬまま、命が尽きる事。


その中で、与えられた時間というのは、大差ない。

与えられた時間で、やみくもに時を過ごすこともあろうが、案ずるでない。


この国が、全世界が、地球が、安泰であるということはない。


神を知り、仏を知り、人間という己を知り、何が芽生えるか。


恐怖で抗(あらが)う必要はない。

起こったことは、起きた事。


何もできなかったことは、出来なかった事。


今から起こるやも知れぬ。

起らぬやも知れぬ。


すべて時という流れの中での旋律。


起承転結。


そなたたち人間の中で、自分の肉体が朽ちるまで、成したいと思う事を為せばよい。


天はここに、生きとし生ける者、何千億人のことは、必ず見ている。

あらがうことなかれ。

あらがうことなかれ」


セオリツはそう言うと、次のように指示した。


「私を一体にし、ワダツミの元へ。

そなたたちがすべき事は終わる。

六角形の箱に三つを入れて太陽へ」


こうして、セオリツの三つの分霊は一つになった。


崋山は、ここのセオリツは男神で烏帽子を被っていたと言う。


そして、アチメは「阿知面」という字だ、とも言った。

アチメ。

宮廷に伝わる神楽は「阿知女作法」といった。


アチメ、アヂメ、アヂム、すなわちアヅミの昔の発音なのだろう。


三女神の御旅所があるこの岬も、昔は安曇がいてワダツミの神を祀っていたと思われた。


宗像水軍の根城になったり、城が造られたりして、変化し続けた。


ブッシュが無ければ夕陽も、朝日も見えるような砦があったのではないだろうか。


こうして202249日、私たちはセオリツの分霊を一つにまとめた。


あとは、202253日の大島の竜宮祭の時に持っていけばよかった。

ただ、竜宮祭の当日は船がチャーターされているというので、私は行くのを遠慮した。


ところが、思いがけないことがあった。


祭の前日に菊如と崋山は準備をするために大島に渡ったという。


菊如らは新しい鳥居を奉納していた。

その鳥居を見たいと言うと、氏子たちが船で連れて行ってくれたのだ。


この時、二人は六角の箱を岩の上のワダツミ社で奉納したという。

こうして、思いがけない形でミッションは完遂した。


その夜、大島は嵐になった。


その時のレーダー天気図を菊如が見せてくれた。

そこには嵐の雲が大島の上にかかり、六ケ岳の方に移動していた。


おそらく、この嵐で六ケ岳が浄化されたのだろう。

そこには、まだセオリツの本体が残っている。


神々が降りるという日本を守るために、人間が出来る布石は終わった。

あとは、どうなるか分からない。


ただ、神は「神々に任せればよい」と言う。


私たちは、一人一人が魂を輝かせる努力をするのみだ。


この結末を、我々が知る事ができるかどうかは分からない。


しかし、起承転結の「起承転」で終わるわけにはいかないだろう。


綿積神社で「これが完結すれば、思いも芽生える」と言われたので、何かしら分かる事もあろうかと思う。

その時にはこの続きを記すことになるだろう。




29 脊翁律(せおりつ)6  成したい事をなせ 天は必ず見ている_c0222861_19574484.jpg


20220521






by lunabura | 2022-05-21 19:58 | ヒカリ | Comments(0)

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