2022年 06月 07日
韓国ドラマ「スベクヒャン」とか、「ファラン」の時代の後、任那日本府は滅んで行った
ブログをサボっておりますが、裏ではずっと日本書紀を訳しています。
磐井の乱(528)の後、磐井の孫が百済(くだら)王子を助けるシーンまで、これまでも訳をしてブログには出したのですが、あまりにも長すぎて、一度断念しております。
カテゴリでは「葛子、勝村、勝頼の時代」としていますが、途中で諦めたんですね。
理由は、聖明王のセリフが長すぎるから(笑)
日本の歴史を読んでいるつもりが、聖明王のセリフが延々と続く。
日本では欽明天皇の時代ですが、その30年程の間のほとんどが、朝鮮半島の歴史が書かれているんです。
まいったなあ。
朝鮮半島の古代地図が無いと理解できない。無理!
と言って、もう何度も挫折していました。
でも、何故、磐井の孫が聖明王の子を助けたのか。
その理由を知りたい、
という一念で、数行ずつ読んでは解釈して、もう二か月。
「今度は逃げない」
そう決心して、あと一息で全体の流れがつかめそうです。
この時代、聖明王は仏像を日本に贈ったことで、知られますが、その直前には日本から「麦の種」を送ってるんですね。そして日本から救援軍を送る約束もしている。
「麦の種」って、もみ殻がついた麦のことですよねえ。
これが不足するほど百済は大変だったことになります。
百済と新羅に挟まれた任那(みまな)諸国は、東から新羅に侵略されていきます。
これを読んでいると、今のウクライナとロシアの状況と重なっていて、変な感じがします。
任那には日本府があって、半島を統治していましたが、日本府にいた百済人の高官が新羅に買収されて、天皇の勅命も内容を変えて諸国に連絡したり、ヒドイ事をしています。
かつてはこんな裏切りは信じられなかったけど、韓国ドラマを見てからは、すごく理解できるようになりました。(笑)
時代的には「スベクヒャン」の時代の直後になります。

ドラマでは聖明王(ミョンノン)が皇太子の頃、恋人とゴチャゴチャして、聖明王が即位し、二人が結ばれる所で終わりますが、実際はその後に過酷な戦いの中に巻き込まれていきます。
北から、東から敵が押し寄せるんですね。
聖明王は日本に救援軍を頼みます。
ところが、捕まえた高句麗(こうくり)の捕虜は「百済を攻めたのは日本が指示したからだ」とか、嘘を付くんです。それで、日本も信じられなくなってしまいます。
でも、日本は誤解を解いて、城を造ってやったり、武器や馬や船を贈り、最終的には大々的な救援軍を出します。
その中に葛子の子がいたのでした。
それが、福岡県の鞍手(くらて)郡の熱田神社の神職の第一代目の鞍橋(くらじ)の君です。
聖明王は苦しい中、外国の珍しいものが手に入ると日本に献上しますが、仏像もまた、その一連の流れの中で献上したものでした。
何だか、百済が仏像を通して日本に文化を伝えたという説は、あやしくなってきましたよ。
さて、当時の新羅は韓国ドラマでは「花郎(ファラン)」の時代になります。

幼い真興王を援けるために、母親は摂政となり、貴族のイケメン子弟を集めて親衛隊を造りますが、任那を侵略していく時代になります。
日本書紀は朝鮮半島の事ばかり書いているので、日本の状況は良く分からないんですね。
文脈から、葛子が我が子を二人、救援軍の将として送ったことが分かりました。
だから、福岡ととても縁が深い話なんです。
任那日本府がどうやって滅んで行ったのか、習った事がないのですが、こうして自分で読んで行くと、久し振りに「るなの知らなかったあ」という話になりました。
<20220607>








