2022年 08月 07日
聖明王のセリフが長すぎる『日本書紀』(;^ω^)
季刊『邪馬台国』が出たばかりですが、すでに次号の準備を行っています。
今出ている第3回は、磐井君の終焉の地を求めて行くストーリーですが、次回は磐井の孫が百済王子を助けた話になります。
いわゆる鞍橋君(くらじのきみ)ですね。
このあたりは、既にブログには何度か書いているので、読者の方は「またか」ということになりますが、全国的にはまだまだ知名度が低い人です。ましてや、磐井の孫だと知っている人は少ない。
で、鞍橋君が助けた百済王子というのが余昌王子で、そのお父さんが聖明王です。
以前、日本書紀を訳しながらこの辺りをブログに書いていましたが、聖明王のセリフが長すぎて、途中で断念しました。
日本の歴史が書かれているかと思ったのに、朝鮮半島の歴史の部分が長過ぎたんで挫折したんですね。
でも、今回はどうしても全容を書きたいので、訳していったのですが、やはり長い(;^ω^)
文字数もオーバーするので、短くなるように、あらすじ書きにしました。
それでも長い。1万字に収まらなかった(-_-;)
何故、こんなに百済の話が長いのか。
実は、百済が滅んだ時、捕虜だった中国の歴史学者を日本に送るんですが、その時、百済の歴史書を預けたんですね。
だから、その学者は日本書紀を書く時に、百済のことも書き込んだわけです。
日本の歴史書なのに、とブツクサ思ったのですが、そこに書かれていたのは任那(みまな)が滅んでいくようすでした。
そこにあった任那日本府の役人の中には新羅派の人がいて、日本や百済を裏切っています。
この裏切りが、以前は理解できなかったのですが、韓国の歴史ドラマをいくつか見た結果、裏切る状況が理解できるようになりました。
任那日本府は実在したのか、無かったのか、と説が分かれますが、百済の史料には日本府の中の無能な役人や裏切った役人などがきちんと書かれていて、それが日本書紀に残っていた訳です。
ですから、任那日本府は実在したことになります。
さて、これを第4回ではどう書いていくのか、模索していましたが、ある日
「歴史もエンタメで」
という言葉が浮かびました。論文ではなく、映画を見るように描く。
これは有り!ですね。
タイトルも「筑紫君磐井をたずねて」と曖昧(あいまい)にしていて良かったなあと思うこの頃です。

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