2022年 08月 21日
万葉集34番 蟻が通ふ嶋門 遠賀川の賑わい
柿本人麻呂って、名前はよく知っている。
名前を知っているので、全容を知ってる気分になるのは悪い癖だ。
学校の試験でその名が書けたら、「合格」というレベルで思考停止している。
そこから進化していない。
あらためて人麻呂について、ウィキペディアを見ると、代表作とかは書かれているけど、糸島や遠賀川で詠んだ歌とか、これっぽっちも出てこない。
こちらは、遠賀川河口にある島戸を詠んだ歌。
304番
大王の 遠の朝廷と 蟻通ふ 嶋門を見れば 神代し思ほゆ
おおきみの とおのみかどと ありかよう しまとをみれば かみよしおもおゆ
るな訳
(大王の遠の朝廷(太宰府)に 蟻の行列のように船が通う 嶋門を見ると 神代がしのばれる)
題が「柿本朝臣人麿が筑紫国に下った時に海路で作った歌二首」となっていて、これはその一つだ。
「嶋門」について、一般的には瀬戸内海に島が沢山あるように訳されるが、これは明らかに遠賀川河口にある「嶋門」だ。
かつては、河口に二つの島があって、ちょうど門のように見えていた。
その「嶋門」が「島戸」の字に変化している。
ここまでは、一度ブログに書いている。
今回、あらためて原典を見たら、「あり通う」は「蟻通う」となっていた。
やばい。これでは意味がまるで違う。
「あり」と「蟻」では伝わってくるものが全く変わってしまう。
「蟻が通う」ように、船が並んで航行しているようすを伝えようとしたのだ。
嶋門の間の水深が深いので、船がここを並んで通る。
蟻の字があってこそ、河口の賑わいと特殊な光景が伝わってくる。
それが人麻呂の心を動かして歌になった。
人麻呂が「神代」と書いたのは、神の造形の不可思議を伝えたかったからだ。
すっかり解釈が変わってしまった。
昔の筑紫の光景。万葉集に残された光景、あらためて見直すと面白そうだ。
<20220821>









