2022年 09月 14日
万葉1456、7 後朝の別れ(きぬぎぬの別れ)
「きぬぎぬのわかれ」(後朝の別れ)は通い婚の時代、朝になって夫が実家に帰る時の別れを指す。
当時は正式な結婚でも通い婚だった。
新婚の場合、新郎は黄昏(たそがれ)時になると新妻の家に行き、夜明け前には家に帰った。
三日間、それを繰り返して三日目の朝、おもちを二人で食べて正式な結婚になった。
二人で食べる餅を三日夜(みかよ)の餅と言う。
都では夜明け前に、朝帰りの牛車が通りを行き交った。
すっかり夜が明けて帰宅するのは恥ずかしい事だった。
夫は帰宅すると、すぐに和歌を作って妻に送る。
これが早ければ早いほど、愛情深いとされた。
何度か紹介している藤原広嗣の次の歌は後朝の別れの歌だ。
1456
この花の 一与のうちに 百種の 言そ隠れる おぼろかにすな
(このはなの ひとよのうちに ももくさの ことぞかくれる おぼろかにすな)
るな訳
【君に贈る この桜の花の一枝のうちに たくさんの言葉が 隠れているよ おろそかにしないでくれ】
(毎回、訳が変化していくな…)
この歌には次のような題がついている。
「藤原朝臣広嗣の桜の花を郎子(おとめ)に贈る歌一首」
花といえば桃の花が代表的だった時代なので、桜の花が庭に植えられているのは、とても珍しいことだった。広嗣はそれを折って、歌に添えた。
「たくさんの言葉が 隠れているよ」の中には、
「このスピードこそ君への愛の大きさを証しているんだ。
だから言葉は紡ぐ暇はない。
このスピードから僕の思いを受け取ってくれ」
という意味も込められている。
郎子は返歌を送った。
1457
この花の 一与のうちは 百種の 言持ちかねて 折らえけらずや
(このはなの ひとよのうちは ももくさの こともちかねて おらえけらずや)
るな訳
【あなたがくれた 桜の一枝のうちに たくさんの 言葉が込められて耐えきれず 折られてしまったのね】
郎子はとても嬉しかっただろう。
この桜の一枝はどんな枝だったろうか。
紅色のツボミと開いた花が一緒になった一枝を想像してみた。
「これが有名な桜の花なのね。紅色のつぼみが可愛い。開いた花が素敵」
ずっと手に取って見ている郎子の姿が目に浮かぶ。
広嗣の思いは十分に通じただろう。
二人のこの相聞歌(そうもんか)は一緒に万葉集に留められた。
広嗣が愛した郎子の名前は記されていない。
<20220914>









