2022年 10月 24日
角島 こんなに海が美しい日はあまり無いと言われた
10月のバスハイクは天神から3時間近くかけて本州の最北西部に行ってきました。
午前中は薄曇りでしたが、午後から雲間が見えて、青い海が広がりました。
こちらが有名な角島大橋です。
角島巡りは見所や食事処がけっこうありましたよ。

つのしま自然館に立ち寄りましたが、クジラのレプリカが天井に!
自然館の建築直前に打ち上がったと言う驚きのタイミング。
しかも新種だったいうことで、「つのしまクジラ」と名付けられたそうです。
スタッフの方は「毎日海を見ていますが、こんなに海が美しい日は年に何度もありません」
と言ってベランダに案内してくださいました。
沖縄の海のように見えます。
その秘密は砂が貝殻で出来ているから。
白い貝殻の砂地が遠浅のため、日が差すと青く輝いて見えました。
天平時代にはこの島から海藻が税として奈良まで運ばれましたが、地元の若者が運んだそうです。
往復一か月かかったとか。
でも、意外に近いですよね。
土井ヶ浜遺跡も貝の砂のお蔭で人骨の保存状態が良かったわけです。
土井ヶ浜から出土した人骨と似たものは福建省から出ているとのことでした。
遺跡周辺の地形を見ると、入り江が陸地化したように見えます。
糸島の状況と良く似ていました。
この後、この地方には官衙が出来ます。
さらに後の世、元軍が上陸しました。
この時、苦戦した日本軍が頼った神が神功皇后でした。

神功皇后社から土井ヶ浜遺跡のドームが良く見えています。
黒丸で囲ったのが、ドームですが、この側を元軍は進軍していました。
その時の進路を「浜出祭」という七年に一度の祭にして、地元の人は今の世にも伝えている訳ですが、土井ヶ浜の戦いはウィキペディアなどに載っていませんでした。
知られざる元寇です。
土井ヶ浜では元軍はかなり奥まで侵攻したのを、日本軍が戦いながら、最終的に食い止めました。
高麗と南宋が主体の船で攻めて来た訳ですが、元軍がここを目指したのは、この地が大陸によく知られていたから、となります。
日本攻略に欠かせない要衝だったのですね。
帰宅すると、ちょうどNHKでブラタモリがあっていて、対馬の元寇上陸地の話があっていました。
見ると、土井ヶ浜の地形とそっくりです。
バスハイクの続きを見たようで、不思議な感じでした。
帰り道に寄ったのは壇ノ浦ICです。行きは和布刈(めかり)ICでした。
和布刈ICは、安曇磯良が神功皇后に干珠満珠を授けたことに因む和布刈神事が行われる和布刈神社のすぐ上にあります。
また、「壇ノ浦」の地名の由来は神功皇后が戦勝祈願をするために「祭壇」に神器を供えて祈り、それを流したことから付きましました。
江戸末期には関門大橋の下で、長州がイギリス軍の艦隊と単独で戦いました。
長門の国は神功皇后が豊浦宮に居た時に新羅が攻めて来た事や、鎌倉時代に元寇があったため、「長州を守ることは日本を守る事だ」という、国防の意識が醸成されていったのだなあ、と感じた旅でした。
さて、11月のバスハイクは26日(土)です。
いよいよ、磐井と思われる鬼神を祀る求菩提山(くぼてやま)の鬼神社に行きます。
傀儡子舞(くぐつまい)の八幡古表神社も参拝します。
12月は第3土曜日、12月17日(土)に決定しました。
コースが決まったらお知らせします。
バスの旅が何で楽しいのか。
不思議なテンションになるんですね。
今回はずうっと海が見えていました。
車では時々しか見えない海や山がずうっと見えるんです。
これが、車とは違う高揚感を与えてくれるんだなあ、と今頃気づきました。
<20221024>


