2022年 12月 26日
八女古墳群③ 石人の甲と鎧を比べてみた
バスハイクで、一時間ほど余裕が生まれたので、岩戸山古墳にも行きました。
文化交流館「いわいの郷」で、あらためて、石人と対面。

伝岩戸山古墳の甲(かぶと)を改めて斜め上から観察しました。
やはり、長い札(さね)ですね。
頭上部はよく見えなかったのですが、折れてなくなっています。
全体的には船原古墳と同じタイプみたいです。
朝鮮半島ではこのタイプはトップクラスというので、この石人も磐井君の可能性があるけど、古墳の何処から出土したのかが不明なので、断定はできないです。
衙頭(別区)かもしれないし。
鶴見山古墳のように、古墳を守る護衛かもしれないし。
それで、かなり違うと思う。
で、鶴見山古墳の甲を斜めから見ると、岩戸山古墳とデザインが全く違いますね!
すごく機能的なデザイン。同じ6世紀でも鶴見山古墳の方が新しい。
二つを比べると、やっぱりヘアースタイルは違うなと思う。
次は鶴見山古墳の石人の後ろ姿です。

鉄の鎧(よろい)を身に着けています。6世紀後半です。
そして、右手は実際に八女市から出土した鉄の鎧です。
こちらは5世紀のもの。
基本的に同じスタイルっぽい。
で、今回驚いたのは、「脇の留め金」です。
形が残ってるんですね。
カチッ、カチッて留めるタイプかな、それとも皮で結ぶのかな。
留め金だけというのも、八女市でいくつか出土しています。
歴史資料館は行くたびに発見があります。
自分の興味も変化するし、見る力も変わる。
ですから、バスハイクでは同じ資料館でも、何度も行くんですよ。
これらを沢山見ると、力がつくんだろうな。
誰か、これも研究していないのかな。
いるはずだよね。
<20221226>









