昨日、急いで買いに行ったプリンターは無事、接続が終わりました。
ワードに文章を書いて、プリンタで印刷して、分類して保管。
これがルーティンなので、出来なくなると、翼をもがれたような気分になります。
パソコンのデータ移動は、これから少しずつやっていきます。
データ移動は遠回りなら、いろいろ、やり方はあります。
新年早々、ITに振り回されましたなあ。
この間、見守ってくださってありがとうございます。
さて、
昨年の秋ごろからですが、「物部氏」という言葉が何度も浮かんできます。
当ブログでは、「古物神社」に書いた物部氏のルーツとか、物部氏の分布図とか、がよく読まれています。
物部氏の分布図は亡くなった九大の先生(名前を度忘れ)の本を参考に書きましたが、今ではもっと多くの物部系神社を知っているので、書き換えたいなと思っていました。
まずは遠賀川流域、そして豊前、さらには高良山と明星山。
明星山とか「みょうじょうさん」と読みますが、「天津赤星」の「あかほし」が「明星」に変わったものです。
ここに代々の筑紫城があったというのですからねえ。
中国の歴史書にも書かれていて、行方不明の筑紫城。
盲点でした。
その山城を強化したのが、筑紫君磐井です。
私はしだいに、磐井君は安曇族と物部氏のハイブリットではないか、と考えるようになりました。
「天津赤星」から高良下宮社にまつられる物部膽咋(いくひ)や孝元天皇。日下部氏。
ここを描くと、倭国の歴史の一遍を書くことになります。
壮大なストーリーです。
このほか、
豊前に行くと、古墳の上に建つ神社が物部系でした。
古墳と伝承がマッチするとても貴重な土地です。
物部麁鹿火(あらかひ)、物部尾輿(おこし)のルーツといえる地です。
これを記録しようとすると、なぜかストップが掛かります。
一応、すでに「季刊邪馬台国」に大きな流れは書いているので、それでもいいのではないか、とも思うのですが、物部氏単独できちんとまとめたいという思いが何処かにあります。
遠賀川流域の物部氏は日本武尊を通してかなり具体的にわかりました。
日本武尊を描くか、物部氏を描くかの違いです。
また、天照神社が饒速日。
そして、私がぶち当たる壁が真鍋大覚です。
大きな大きな壁です。
真鍋大覚のルーツが物部氏なんですね。
だから、物部氏のジャンルに星の話もあるわけです。
アクセスの多いシリウスもまた物部氏の伝承になります。
こうして書いてみると、
情報量が多すぎて、私のキャパを超えているんだな、と分かりました。
筑後、筑前、豊前の物部氏。
真鍋大覚ノート。
こうして分ければ形になるのかな。
<20230115>
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