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ひもろぎ逍遥

八女古墳群の埴輪の服が気になる 5世紀のファッション


八女古墳群の埴輪の服が気になる 5世紀のファッション_c0222861_20431215.jpg



これは八女古墳群の立山山8号墳の埴輪です。

八女市の龍の形をした古墳群の上にある古墳です。



私はこの埴輪の写真を繰り返し見ていました。


頭は美豆良(みづら)に結っているので男性です。

上の方は布をかぶってるのかな。


剣道の時に面をつけるための手ぬぐいと雰囲気が似ています。

後ろを見たらもう少し何か分かったかも。


目は一重です。

口元を引き締めています。


両手に持っているのは馬の手綱か、あるいは楽器か。


首飾りは大粒の珠。

これは出土するガラス玉と似ています。


で、着ている服を見ると、身頃に斜めの格子が入っています。

鎧ではないですよね。


もしかしたら、格子の布をバイヤスに裁ったのかなと考えました。


全体がフィットしていて、着物のような遊びがないんです。


布をバイヤスに裁つとこんな風にフィットする。


袖も現代風にぴったりと付けられています。


で、袖の柄を見て、目が点になりました。


身頃と違って丸をつないだ柄なんです。


いったいこれは何を表しているのか。


刺し子、あるいは刺繍なんだろうか。


ずっと疑問に思って、思考が止まっていました。


デザインも普通の埴輪なら着物のように前に合わせて紐でくくります。


この人の着ている服は前では合わせていません。


後ろで合わせるのだろうか。


いわゆる胡服なんだろうか。


とにかく身体に沿った型紙が存在するようです。


これが5世紀の埴輪ということです。


埼玉でしたか、女性の埴輪で白いワンピースに赤色の水玉模様のものが出ています。


画像を出したいけど、まだデータ移動が出来ていない。

明らかに現代風のデザインなのです。


思うに、すでに秦氏などが渡来して3百年は経っているので、中東系の服を着た人はあちこちにいたのかもしれませんね。


万葉集に漢女(あやめ)が乗馬服を縫った話が載っています。


1273番

住吉(すみのえの)の ()()()(きみ)が 馬乗(うまのり)(ごろも) 

 (住吉の波豆麻公の乗馬服は) 


さひづらふ 漢女(あやめ)をすゑて ()へる(ころも)

(異国語でぺちゃくちゃしゃべる漢女を雇って縫った衣ですよ)


「波豆麻」が何かが分かっていませんが、波豆麻公の乗馬服を作ったのは渡来人の漢人(あやひと)です。


機織りや縫物が上手だったので、雇用されていたのでしょう。


「あの人たちは大きな声でしゃべるし、何を言っているのかわからない。

でも、良い服でしょ」


そんな歌です。


福津市の縫殿神社を思い出しますね。


中国から連れてきた縫い女が一人福津市にとどまりました。

ちょうど、28日に行きます。(バスから見るだけですが)


その近くの古墳では鉄の見事な針が出土しました。ボタンも。


朝鮮半島で留められた秦氏が日本に向かって上陸したのが福津市と宗像市ではないかという仮説を持っています。


豊前に秦氏が多いことが正倉院文書に書かれていることも以前紹介しました。


「波豆麻」が何かわからないということですが、思い出すのは「波豆米」(はづめ)という名前です。


隼人の乱のときに、この女性が神がかりをして朝廷軍の精神的な支えとなりました。


そのころできた宇佐八幡宮。

宇佐八幡宮と住吉族と波豆米と秦氏。とハヅメ、ハヅマ。


初2句の「住吉(すみのえの)の ()()()(きみ)が」

っも「住吉族のハヅマ公」と訳したくなりましたよ。


バラバラに調べたいことを調べていますが、不思議につながってきます。


20230119




Commented by 優しい海賊 at 2023-01-20 13:34
時々見させていただいております☆とても面白いです☆東京より
by lunabura | 2023-01-19 20:49 | <古墳シリーズ> | Comments(1)

綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『豊玉』『星の迷宮へのいざない』   Since2009.10.25