先日は、まとめたファイルの写真を挙げました。
あれは、歴史カフェで話したものをファイルしたもので、ブログに書いた内容はその倍以上あります。(^^♪
で、ひらめいたら行動する、ということを繰り返しているのですが、昨年末は万葉集の一部をまとめることにして、3万文字ぐらいの原稿を仕上げました。
それは1月中旬にできました。
それから、残念なことになっていたある原稿を、小説に変える作業に入りました。テーマは豊玉姫と、海神の封印解きを組み合わせた転生ファンタジーものです。
これが書けども書けども終わらず、8万文字を超えました。
ラストまであと一息です。
こんな事情で、ブログを書こうとしても、頭の中が空っぽで何も書けませんでした。
今は創作意欲を維持する方にエネルギーを使ってます。
で、気づけば明後日、25日(土)はバスハイクですね。
天気も良さそうで、気温もまずます。
香椎宮と志式神社はこのブログの原点ともいえる所なので、皆さんと行けるのが楽しみです。
ぐるっとバスハイクで回りましたが、やはり志式(ししき)神社がすごい。
かつて、公民館を訪ねて棚の奥から引っ張り出してもらった資料が、失われた歴史、ミッシングリングを繋いでくれたんだなあ、と感慨深い地でもあります。
今回はエリアが天神から近いので、資料を読む時間が足りないなあ、と悩んでいます。
バスハイクで回るとよくわかったのが、最澄が神功皇后の追っかけをしたこと。その足跡を訪ね、時には業(カルマ)の解消を祈っただろうと思われる地が新宮町にもあります。
そして、最澄が中国から持ち帰った「火」を千年以上伝えた家も行きます。
新宮町は縄文の夜臼(ゆうす)遺跡、弥生のダムなどが出た所ですが、宅地造成でほとんどの史跡を失っています。しかし、地形を見ると、学ぶことも多いです。
古賀市では国史跡となった船原古墳の現地と、すぐそばの小山田斎宮。神功皇后が仲哀天皇の死の原因を探るために籠った宮で、記紀にも書かれた現地へ。
和名抄に阿曇郷と書かれたエリアを回りましょう。
なお、バスハイクのキャンセルが出たようなので、席があるかもしれません。希望の方は金曜日に尋ねてみてください。
創作神楽「玉垂」のチケットも持っていくので、希望の方は明日私をつかまえて、その旨伝えてください。
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