おはようございます。
昨日、「玉垂」の公演が無事に行われました。
沢山の方に来ていただけて、ありがたく思っています。
神楽は、演者と観客があっての世界。
民が楽しんでいるのを、神が見に来て喜んでくださる。
そんな世界ですから、観劇しに来てくださった皆さんがいて成立するものだったんですね。
ありがとうございました。
初めてご覧になった方は、驚かれたと思います。
静謐、静寂、海の底、そこで静かに音が奏でられ、神が訪れて、消えて行く。
これは藤枝守氏でないと、表現できない世界でした。
今回は演者の皆さんが集い、音を作り、光を作り、風を作る、そんな光景を一から見せていただき、創作に関わる人間の喜びを堪能しました。
ボヴェさんの舞も、初めて見る方には、想像を超えたものだったと思います。
今回は二台の筝の掛け合いがすごく特徴的でした。
曲のモチーフはアオサという海藻から採ったそうですが、回を重ねる内に音がツブツブとなっていくのが見えるようでした。
これが音霊だったのか。
泡の世界はまさにワダツミの世界。
琴の演奏法が、それを生み出すような、軽快なものに変化していきました。
私が書いた脚本は、これまでの磯良シリーズの延長として、能か神楽か、その「あわい」の世界を継承できるように心掛けました。
阿知女作法で呼び出される安曇磯良。
呼び出されて、石川高さんの前に正対する磯良。
夢のような瞬間でした。
ソプラノと舞が共に舞台に居る時には、まるで神功皇后と安曇磯良が語り合っているような、感覚になりました。
また、ソプラノが舞台から去っていき、舞が去っていくラストは、意図せず、神功皇后に導かれて磯良が黄泉の世界にいざなわれるような印象を持ちました。
今回の笙(しょう)の笛は、とても抑えられていて、演奏も難しかったそうです。
石川高さんによる阿知女作法はもう聞けないのでしょうか。
名残惜しいです。
参加の皆さんが感想を書いてくださって、その多さにスタッフが驚いていました。
やはり、ボヴェ太郎さんのことは、精霊とか、月の精霊、龍、とか、人間でない表現をされていましたね。しっかり伝えておきましたよ。
多くの方が静寂の中の自然界を見ていらっしゃいました。
アフタートークで思ったのは、藤枝守さんが志賀島に魅かれていって、それを舞台で表現する数年間、ほぼ平行して私が磯良舞や高良玉垂宮縁起に出会い、その世界を記そうとしていたこと。
この日のために動いたものがあったと、知る日でした。
どうも、ありがとうございました。
<20230318>
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