2024年 11月 03日
5 日隈山から見える日田富士は「月出山岳」といった
さて、日隈山の東はどう見えるのか。
この謎をさっそくチェリーさんが調べてくれた。
以下はその内容だ。
🌸
日隈の東に見えるのは日田冨士と呼ばれる山で、その別名は「月出山岳(かんとうだけ)」でした!
春分の太陽はその稜線から昇ってしまうのですが、その別名通り、月の出を観測した対象かもしれません。

月の出入りは大変複雑で、私は把握できていないのですが、山頂から昇る時があるのは間違いありません。
https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/dni/2024/m4111.html
なお、月出山岳には三つのピークがあり、日田から見て左から一番坊主678m 、二番坊主690m、 三番坊主709mと呼ばれます。
一番坊主頂上には「龍跡岩」という岩があり、その上に石塔が立っているのですが、それが「二十八宿遥拝所」なのだそうです!
http://hita1969.blog.fc2.com/blog-entry-139.html
地図上で、正確にその位置を特定することができず、とりあえず、一番坊主の最高点を拾ったのですが、そこから日隈神社は真西でした。
「月出山岳一番坊主」から「日隈神社」まで 真西270.00°(距離 11.518km)
※ガランドヤ2号墳から二番坊主は真東に見えます(89.96°)
そもそも「月出山岳」を何故「かんとうだけ」と呼ぶかについては、現地に説明板があり、その内容は久津媛と景行天皇によるものなのだそうです。
http://w.speedia.jp/mutu48/a-yama-kantoudake-1.html
日田に天体観測の歴史が埋もれているのは確実と思われます。
チェリー
カシミール3Dの画像では三番坊主の最高点は見えず、その100m程西側の三角点が見えていますが、2m程低いだけです。
以上、チェリーさんからのメールである。
ついに二十八宿が出た。中国由来の星宿だ。
月出山岳で「かんとうだけ」と読む。
景行天皇が来た時、この山に満月が出て、その名を「なんとう山か」と久津媛に尋ねた所、久津媛が「あの山はいづこか」と尋ねられたと勘違いして「関東です」と答えたという。
月の出に関してはチェリーさんの言う通り、特定しにくいものだと聞く。新月の観測はどうしようもないだろう。部族によっても、暦の基準は異なる。
月出山岳の山頂には二十八宿の遥拝所もあるというので、そこでも天体観測が行われたのだろう。
チェリーさん、ありがとうございました。
<20241103>
私は主に方位を調べておりますので、二十八宿遥拝所のある月出山岳一番坊主から真西に日隈神社が鎮座していることが、大変気になります。日隈神社は日隈の丘の頂上ですから、丘そのものが一番坊主の真西の位置に、人工的に造られたという可能性があります。
ところがlunaさんの記事では、自然の岩があるとのこと。それも巨石!人工の丘陵に、岩があるはずがありません。さて、どう考えたものか…
ついでと言ってはなんですが、一番坊主の南西ピッタリの位置(225.01°)に日田市の「烏宿神社(からとまりじんじゃ)」がありました。これも「烏宿山(うしゅくやま)」の頂上になります。どうしたものか…
巨大古墳は山を一部削って盛り土しているケースもあるので、自然地形に手を入れることは十分に出来ます。石井の土の砦が実際に地元にありますし。
佐賀では景行天皇が祭祀のために丘を築かせた話もあるので、専門家が注目して調べてくれたらありがたいですね。
占星術には疎いのですが、調べてみますと二十八宿に「烏宿」はないようです(現在私達が使用する星座では「からす座」がありますが)。「烏(からす)」の名が見えるのは、二十八宿を七曜で分けて動物を当てはめた「演禽(えんきん)」にありました。「畢月烏」というそうです。「畢宿(ひっしゅく)」はヒアデス星団ですね。
でも、方角が違うみたいです。真西が「昴宿(ぼうしゅく:プレアデス星団)」で、畢宿はその南隣なので、南西に近いことは近いのですが、「烏宿神社」はとんでもなく正確に南西なのです。計算すると2mしか誤差が無い。11.7kmも離れてです…
深い謎があるようです。私の知恵が浅いだけかもしれませんが…
月出山岳から東に進むと「日出生台(ひじゅうだい)」に至りました。自衛隊の演習場がある所です。更に進めば伽藍岳の噴火口でした。
広範囲のお話になるかもしれません!









