2025年 03月 08日
神功皇后を支えた勇者たち
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大きな字です!

「みくまりもこ」さんが神功皇后と二人の勇者を描いてくれました。
左から、安曇磯良(あづみのいそら)、神功皇后(じんぐうこうごう)、武内宿禰(たけのうちすくね)です。私のブログやnoteによく登場するので、簡単なプロフィールをどうぞ。
神功皇后 じんぐうこうごう
第十四代仲哀(ちゅうあい)天皇の大后(おおきさき)です。神懸かりをします。
仲哀天皇と一緒に山口県下関市の豊浦宮(とゆらのみや)に住みました。
戦いの協力を得るために各地の豪族に会いに行きました。どんな山でも海でも自ら訪問して氏の神に挨拶し、必ずお礼参りをしたので、豪族たちから絶大な人気を得ました。
天皇が崩御(ほうぎょ)したあと、その遺志を継いで三韓征伐に行きました。勝利して凱旋したあと、応神天皇を出産します。
神名:神功皇后命、息長足姫命(おきながたらしひめのみこと)
武内宿禰 たけのうちすくね
仲哀天皇に仕えていましたが、天皇が崩御すると、神功皇后を補佐しました。国内戦や三韓征伐ではその作戦で全勝し、棟梁(むねはり)の大臣(おとど)、内の大臣と呼ばれます。
長生きをしたので、お爺さんの姿で描かれますが、仲哀天皇の叔父さんと同じ年なので、神功皇后の時代は壮年です。
本人いわく
「まだ若いのだ。お爺さんで描かないでほしい」
とのことです。
神名:武内宿禰命、高良の神
安曇磯良 あづみのいそら
神功皇后の御座船(ござふね)を操縦した大王であり、大将軍です。
海の神の持つ干珠と満珠を司ります。三韓征伐の後、久留米市の高良山に干珠満珠を持ち込んだことから、高良玉垂命(こうらたまたれみこと)と呼ばれました。
(のちに玉垂命は武内宿禰の事と言われるようになります。ただし、武内宿禰は似た名前の「高良の神」と呼ばれています)
覆面を付けた神です。顔が醜いから覆面を付けているなんて変な噂がありますが、覆面はシリウスの輝きを表したものです。「いそら丸」とはシリウス星という意味です。古事記や日本書紀から消された大王です。
神名 阿曇磯良丸命(安曇磯良命) 高良玉垂命
西暦200年前後に活躍した人が神様として祀られるようになりました。
<20250308>
【神功皇后伝承を歩く】
第1回 1忌宮神社 2024年3月24放送
26回目 https://rkb.jp/contents/202403/188281/
豊浦宮 新羅軍の襲来 数方庭の祭 秦氏の渡来 仲哀天皇の殯斂地
第2回 2一宮神社 3勝山勝田神社 4織幡神社
2024年3月28日 放送
27回目 https://rkb-radio.jp/kodai/240331kodai.mp3
磐境神籬と神武天皇 旗竿 八本の旗 旗を織る 武内宿禰の沓塚
壱岐真根子
【安曇族の足跡を探る】
干珠満珠の動画を見ると分かりやすいです。
https://www.youtube.com/watch?v=ZlSaFlET898&t=48s
第1回 歩射祭のガラモ採りと干珠満珠 2024年4月28日放送
安曇族の神々 歩射祭 香椎宮の綾杉 和布刈神事 筥崎宮のお汐井採り
rkb-radio.jp/kodai/240428kodai.mp3
第2回 磯良の白い覆面とシリウス 2024年9月8日放送
神楽・磯良舞 早魚神事 八 中西の風 大西の風 対馬の嵐と三苫
https://rkb-radio.jp/kodai/240908kodai.mp3
第5回 百済王子余昌を助けた鞍橋君
2025年2月16日放送
長野県安曇野から出る百済仏の時代は筑紫君葛子の時代に重なります。
百済聖明王の救援軍要請に応じた葛子君は子の鞍橋君を百済に派遣して、百済王子を救ったことが日本書紀に書かれています。ただ、日本書紀には葛子君と鞍橋君が親子であることが分からないように記述しています。磐井君一族が百済を救ったことが安曇野から百済仏が出てくる背景にあるのではないでしょうか。
https://rkb-radio.jp/kodai/250216kodai.mp3
第6回 高鉛ガラスが語る百済と磐井一族の深い関わり
2025年2月25日放送
阿部の島 相島はかつて阿部の島と呼ばれていました。宮地嶽神社の光の道はそこに届いています。宮地嶽神社の祭神の勝村、勝頼は磐井君の孫に当たります。やはり安曇族の一員です。
阿部氏の古墳である宮地嶽古墳から出土した高鉛ガラス板は百済弥勒寺の仏舎利の下に敷かれたものと同等のものです。同じころ、磐井の菩提寺が大石丸三兄弟によって建立されました。龍光山恵華寺といいます。百済人から支援されて出来た飛鳥寺と龍光山恵華寺は同時期のもので、聖徳太子が磐井君のために仏像を奉納しています。









