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ひもろぎ逍遥

第2回 安曇磯良の白い覆面とシリウス 


Note に同じ記事を書いています。

こちらは広告が無くて見やすいです。

第2回 安曇磯良の白い覆面とシリウス|綾杉るな




第2回 安曇磯良の白い覆面とシリウス _c0222861_20262841.jpg


(再掲)


202498日放送

神楽・磯良舞 鞨鼓の舞 早魚神事 数字の「八」 中西の風 大西の風 対馬の嵐と三苫 

https://rkb-radio.jp/kodai/240908kodai.mp3


神楽では安曇磯良が白い覆面で登場します。胸には鞨鼓(かっこ)という大きな鼓(つづみ)を下げています。磯良丸とはシリウス星という意味です。白い覆面はシリウスの星の輝きを表しています。

福岡市の海ノ中道にある志式神社では神功皇后と武内宿禰が磯良から干珠満珠を借り受けて水軍を出してもらうことになった話が神楽になっています。


そこに伝わる早魚(はゆま)神事とは、神功皇后に出した魚料理の話が神事になっています。これが全国の早魚神事になって伝わっています。


志賀島でよく使われる「八」の数字については、船を漕ぐときに八人で漕ぐのが一番良いという話を聞きました。


朝鮮半島に渡るために冬の強風を待ちました。いよいよ風が吹いてきて帆を挙げて出港する時、神功皇后は「これは何の風だ」と尋ねました。


すると尋ねられたものが「中西の風です」と答えたことから、その人は中西の姓が与えられました。


筥崎宮の氏子さんが「大西の風もある」と教えてくださいました。これは春の嵐、春一番の風を指すそうです。


船が対馬を出た時、大嵐になって、神功皇后は三柱の綿津見神に祈りました。この時、捧げ物を三つの苫に包んで流したものが福岡市の三苫に流れ着いたことから、三苫の地名の由来になりました。そこには約束通りに綿津見神が祀られました。


<20250311>




◆◆◆ 綾杉るな アーカイブ ◆◆◆

【神功皇后伝承を歩く】 

第1回 1忌宮神社 2024324放送

26回目 https://rkb.jp/contents/202403/188281/

豊浦宮 新羅軍の襲来 数方庭の祭 秦氏の渡来 仲哀天皇の殯斂地 


第2回 2一宮神社 3勝山勝田神社 4織幡神社

2024328日 放送

27回目 https://rkb-radio.jp/kodai/240331kodai.mp3

磐境神籬と神武天皇 旗竿 八本の旗 旗を織る 武内宿禰の沓塚

壱岐真根子




【安曇族の足跡を探る】

干珠満珠の動画を見ると分かりやすいです。

干珠満珠

https://www.youtube.com/watch?v=ZlSaFlET898&t=48s


第1回 歩射祭のガラモ採りと干珠満珠 2024428日放送

安曇族の神々 歩射祭 香椎宮の綾杉 和布刈神事 筥崎宮のお汐井採り

rkb-radio.jp/kodai/240428kodai.mp3


第2回 磯良の白い覆面とシリウス 202498日放送

神楽・磯良舞 早魚神事 八 中西の風 大西の風 対馬の嵐と三苫 

https://rkb-radio.jp/kodai/240908kodai.mp3



第3回 高良玉垂宮 202410月20日放送
志賀海神社と玉垂宮 安曇磯良と武内宿禰 『高良玉垂宮神秘書』より

https://rkb.jp/contents/202410/192130/



第4回 高良玉垂宮 と相島 2024年12月1日放送 
高良山に戻って来た安曇磯良 高木の神を出し抜く 馬蹄石 『高良玉垂宮神秘書』より
干珠満珠と三種の神器 磯良の白い墓 豊玉姫と玉依姫を祀る相島

 rkb-radio.jp/kodai/241020kodai.mp3



5回 百済王子余昌を助けた鞍橋君

2025216日放送

長野県安曇野から出る百済仏の時代は筑紫君葛子の時代に重なります。

百済聖明王の救援軍要請に応じた葛子君は子の鞍橋君を百済に派遣して、百済王子を救ったことが日本書紀に書かれています。ただ、日本書紀には葛子君と鞍橋君が親子であることが分からないように記述しています。磐井君一族が百済を救ったことが安曇野から百済仏が出てくる背景にあるのではないでしょうか。


https://rkb-radio.jp/kodai/250216kodai.mp3


6回 高鉛ガラスが語る百済と磐井一族の深い関わり

2025225日放送

阿部の島 相島はかつて阿部の島と呼ばれていました。宮地嶽神社の光の道はそこに届いています。宮地嶽神社の祭神の勝村、勝頼は磐井君の孫に当たります。やはり安曇族の一員です。

阿部氏の古墳である宮地嶽古墳から出土した高鉛ガラス板は百済弥勒寺の仏舎利の下に敷かれたものと同等のものです。同じころ、磐井の菩提寺が大石丸三兄弟によって建立されました。龍光山恵華寺といいます。百済人から支援されて出来た飛鳥寺と龍光山恵華寺は同時期のもので、聖徳太子が磐井君のために仏像を奉納しています。

https://rkb-radio.jp/kodai/250223kodai.mp3




◆◆◆ RKBラジオ アーカイブ ◆◆◆

古代の福岡を歩くステージA海の道から空の道へ~安曇族の足跡を探る~ - RKBオンライン



by lunabura | 2025-03-11 20:25 | RKBラジオ 古代の福岡を歩く | Comments(0)

綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25