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ひもろぎ逍遥

ラジオ放送 神功皇后シリーズ 第3回 洞海湾の立ち往生 アーカイブ出ました


ラジオ放送 神功皇后シリーズ 第3回 洞海湾の立ち往生 アーカイブ出ました_c0222861_20024176.png
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神功皇后伝承を歩く 第3回 洞海湾の立ち往生

2025年323放送

拙著「神功皇后伝承を歩く」をお話していくシリーズです。

https://rkb-radio.jp/kodai/250323kodai.mp3

このシリーズは2023年から始まったものですが、途中に「安曇族の足跡を探る」のシリーズが入って中断し、20253月から再開しています。


下関市の豊浦宮(現 忌宮神社)に新羅軍の塵輪たちが攻めて来て、仲哀天皇が矢で敵将を射て事なきを得た事件がありました。その後、天皇と皇后は山口県の婆麼(さば)に遷り、仲哀814日にいよいよ香椎宮へ船旅が始まります。


天皇と皇后は洞海湾の入り口の「千曳(ちえい)の磐」という岬で別々の船に乗りました。二人とも遠賀川河口へと向かうのですが、天皇は響灘を、皇后は洞海湾を通っていきます。この時、天皇が祀った分かれ道の神「ふなとの神」の磐が飛幡八幡宮の社殿の前に置かれています。

 

洞海湾はかつて「くきのうみ」と呼んでいました。そこを通る時、海の底にあった光る石を拾い上げて、海神の守護を確信した武内宿禰がその石を祀った所が「若松恵比寿神社」となりました。


いよいよ洞海湾を通る時、潮が引いて神功皇后の御座船が進まなくなりました。熊鰐が引き返して穴を掘って船がひっくり返らないようにしました。そこを魚鳥池と呼ぶようになりました。船が遅れた下人は、この直前に神功皇后は一宮神社にある神武天皇の旧跡に立ち寄って最後の戦勝祈願をしたためでした。


14日の寒い日、皇后は潮が満ちるのを待つために船を降りて輿に乗って岬に移動しました。そこを魚鳥池神社といいます。そこで、貴船の神が呼んでいることを知った神功皇后は小舟に乗って貴船神社に行きました。そこに小松を植えたことから「神功皇后船止めの松」と呼ぶようになりました。


 ここに至る道は小舟でしか行けない所です。案内したのは地元の長の熊鰐と思われます。この時、神功皇后との絶対的な信頼関係が築かれました。


拙著をお持ちの方

6 飛幡八幡宮あ

7 若松恵比寿神社

8 魚鳥池神社

9 貴船神社

を開いて聞くと、カラーの写真で状況がよく分かります。

放送は以下をクリックしてください。

https://rkb-radio.jp/kodai/250323kodai.mp3



◆◆◆ 綾杉るな アーカイブ ◆◆◆

【神功皇后伝承を歩く】 

第1回 1忌宮神社 2024324放送

26回目 https://rkb.jp/contents/202403/188281/

豊浦宮 新羅軍の襲来 数方庭の祭 秦氏の渡来 仲哀天皇の殯斂地 


第2回 2一宮神社 3勝山勝田神社 4織幡神社

2024328日 放送

27回目 https://rkb-radio.jp/kodai/240331kodai.mp3

磐境神籬と神武天皇 旗竿 八本の旗 旗を織る 武内宿禰の沓塚

壱岐真根子


第3回 6飛幡八幡宮 7若松恵比寿神社 8魚鳥池神社 9貴船神社

洞海湾の立ち往生

https://rkb-radio.jp/kodai/250323kodai.mp3


【安曇族の足跡を探る】

干珠満珠の動画を見ると分かりやすいです。

干珠満珠

https://www.youtube.com/watch?v=ZlSaFlET898&t=48s


第1回 歩射祭のガラモ採りと干珠満珠 2024428日放送

安曇族の神々 歩射祭 香椎宮の綾杉 和布刈神事 筥崎宮のお汐井採り

rkb-radio.jp/kodai/240428kodai.mp3


第2回 磯良の白い覆面とシリウス 202498日放送

神楽・磯良舞 早魚神事 八 中西の風 大西の風 対馬の嵐と三苫 

https://rkb-radio.jp/kodai/240908kodai.mp3



第3回 高良玉垂宮 202410月20日放送
志賀海神社と玉垂宮 安曇磯良と武内宿禰 『高良玉垂宮神秘書』より

https://rkb.jp/contents/202410/192130/



第4回 高良玉垂宮 と相島 2024年12月1日放送 
高良山に戻って来た安曇磯良 高木の神を出し抜く 馬蹄石 『高良玉垂宮神秘書』より
干珠満珠と三種の神器 磯良の白い墓 豊玉姫と玉依姫を祀る相島

 rkb-radio.jp/kodai/241020kodai.mp3



5回 百済王子余昌を助けた鞍橋君

2025216日放送

長野県安曇野から出る百済仏の時代は筑紫君葛子の時代に重なります。

百済聖明王の救援軍要請に応じた葛子君は子の鞍橋君を百済に派遣して、百済王子を救ったことが日本書紀に書かれています。ただ、日本書紀には葛子君と鞍橋君が親子であることが分からないように記述しています。磐井君一族が百済を救ったことが安曇野から百済仏が出てくる背景にあるのではないでしょうか。


https://rkb-radio.jp/kodai/250216kodai.mp3


6回 高鉛ガラスが語る百済と磐井一族の深い関わり

2025225日放送

阿部の島 相島はかつて阿部の島と呼ばれていました。宮地嶽神社の光の道はそこに届いています。宮地嶽神社の祭神の勝村、勝頼は磐井君の孫に当たります。やはり安曇族の一員です。

阿部氏の古墳である宮地嶽古墳から出土した高鉛ガラス板は百済弥勒寺の仏舎利の下に敷かれたものと同等のものです。同じころ、磐井の菩提寺が大石丸三兄弟によって建立されました。龍光山恵華寺といいます。百済人から支援されて出来た飛鳥寺と龍光山恵華寺は同時期のもので、聖徳太子が磐井君のために仏像を奉納しています。

https://rkb-radio.jp/kodai/250223kodai.mp3




◆◆◆ RKBラジオ アーカイブ ◆◆◆

古代の福岡を歩くステージA海の道から空の道へ~安曇族の足跡を探る~ - RKBオンライン



Commented at 2025-03-29 10:32
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by lunabura at 2025-03-29 10:47
> shiichan7_j78さん
さっそくありがとうございます。
以前、自分で調べた時は、潮が残っていて残念な結果になったものですから。
明日には!!!
なんですね。感謝です。
by lunabura | 2025-03-26 20:05 | RKBラジオ 古代の福岡を歩く | Comments(2)

綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25