2025年 04月 19日
プレアデス星団の和名 真鍋ノート

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プレアデス星団は中国語では「昴」(ぼう)、日本ではスバルといいます。星団と書くように数千の星で構成されていますが、七つの星が目立つことから、ギリシャ神話ではプレアデスの七姉妹として語られました。
七姉妹は星になりましたが、その内の一人が彗星になって去った、あるいは地上に降りて六姉妹となった神話もあります。
日本でも七つ星として語られたり、六つ星で語られたりしました。
立冬の頃、プレアデスは天頂に輝き、収穫を喜ぶ人々に見上げられました。
1 須波流(すばる) 七群星(ななつらぼし)
平安時代の枕草子に「星は、すばる」と出てきます。源順(みなもとしたごう)(911~983)の倭名類聚抄(わみょうるいじゅうしょう)には「須波流六星火神」と出てきます。
日本神話でも、天照大神が身に着けていた勾玉や珠を繋いだ「美須麻流珠」(みすまるのたま)はスバルにちなむ言葉です。
「すばる」「すまる」はシュメール語から来ているといいます。「す」はシュメール語の聖なる数詞「七」で、「はる」「まる」の語源は「むろ」「むる」すなわち「星」という意味のシュメール語だといいます。「す・まる」で「七つの星」ですね。
中東ではスバルは七星で描写されていました。シュメールの聖なる星が春分点に輝いた時代の名が伝えられたのかもしれません。
古代中東のシュメール帝国(前2900~前1955)は天変地異もまた輪廻のサイクルの中にあり、それが明けるには707年かかると考えました。その聖数七は現代の七曜にも伝えられています。
(拾遺p261 なp20)
2 六連星(むつれぼし・むつらぼし) むつぼし もつれぼし
星の数や形は昔から今まで万古不易ではなく、プレアデス星団も目立つ星は七星から六星に変わりました。
神武天皇が大后(おおきさき)を選ぶときに、七乙女の中からイスケヨリ姫を選びましたが、この神話もまたプレアデスの七姉妹のモチーフが反映したのかもしれません。七星が六星になったのはこの神武天皇の時代、すなわち今から2600年前に起きた出来事かもしれません。
北九州市に六連島(むつれじま)があります。不規則な形をした六つの島が集まっていますが、これもスバルの形をイメージして付けられたのかもしれませんね。
3 坩堝星(あまづらぼし) 末盧星(まつらぼし) 松浦星(まつらぼし)
プレアデス星団を「あまづらぼし」「まつらぼし」「まつらぼし」とも呼びました。
玄界灘特産の砂鉄を「馬梳」(まつら)といい、これを石鍋で溶かす時に出る激しい火花を連想させたことから付いたといいます。「まつらぼし」が訛って「むつれぼし」(六連星)という呼称になったのかもしれません。
スバルの燃え盛る星群が天頂に達する頃、蹈鞴(たたら)の炎を揚げる式例がありました。八風を御し、八風に従い、木の化身である炭をくべるたびにスバルを仰ぎ見て成就を祈ったといいます。
なお、松浦という地名は魏志倭人伝には「末盧国」と書かれています。「末」とは地球の自転軸の方向、すなわち北極のことで、「盧」とは満天の星座のことです。卑弥呼や神功皇后の時代には末盧星とは北極星を意味していましたが、当時は目立つ北極星が無く、その前の時代に北極星だった竜座のツバンを指していました。ツバンはツワノスともいい、末盧星、松浦星の字を当てたといいます。
(儺の国の星 p50 拾遺p88)
4 いぶしぼし すぼりぼし ひのこぼし ひこほし 木葉星(こようぼし)
スバルの星の集まりが、炎や煙の中で燃える火の粉や炭火に似ていることから、「いぶしぼし、すぼりぼし、ひのこぼし、ひこほし」と呼ぶ方言がありました。また炎と煙の中でくすぶる木の葉を連想して「木葉星」とも呼ぶ、焼畑農法の人たちもいました。 (儺の国の星p135)
5 胡略星(こやくぼし) 五臘星(ごようほし)
「胡」とは中近東の渡来人を指し、「略」とは暦のことで、「胡略」は五暦という暦法を指します。
「五暦」では、一年365日を五季に分け、一季を七十三日としました。73日✖5季=365日となります。八季は73日✖8季=584日です。584日とは、地球と金星の会合周期と同じ日数です。このような呼び方をする火田焼畑の民は明星暦を守っていたのかもしれません。
火田焼畑の民は明星暦で16年経つと、耕す所を移動しました。明星暦の16年を太陽暦に換算すると、25.6年にあたります。カシ、クヌギ、ナラが根株から薪や炭の用材に成長するまで、ほぼこの年数がかかりました。「16」は近東民の聖数でした。
(儺の国の星p135)








