2025年 09月 12日
第2回 朝倉橘広庭宮での健やかな日々から殯まで「筑紫なる斉明天皇と天智天皇」
季刊『邪馬台国』で始まった新しい連載「筑紫なる斉明天皇と天智天皇」の第2回が出ました!
タイトルは
「朝倉橘広庭宮での健やかな日々から殯まで」
としました。
斉明天皇が白村江戦を前に福岡県にやって来ます。
今回はいよいよ朝倉市で橘広庭宮を営みます。その場所がこれまで知られていませんでしたが、宮野神社の縁起に、ここが広庭宮だと書かれていました。
斉明天皇はまずは藤原鎌足に神祀りをさせています。中臣鎌足が藤原鎌足になった理由のヒントがここにありました。
斉明天皇は積極的に各地に出掛けて祭祀をしますが、ついに病に倒れました。崩御して、殯が行われるまで、中大兄皇子の祈りの場所が各地に伝えられています。
日本書紀の記述と神社伝承を比較しながら、探っていきました。
朝倉市の旅のガイドにご利用ください。
目次を書いておきます。
第一章 朝倉橘広庭宮での健やかな日々
㈠宮野神社にあった橘広庭宮の記録
藤原鎌足に祀らせた神
「当所」が橘広庭宮
風水から考える橘広庭宮の規模と位置
中宮野神社内古墳
中臣鎌足が藤原鎌足になった理由の手掛かり
絵馬に描かれた筑紫舞
阿曇氏、阿部氏、藤原氏を繋ぐ磯良舞
健やかな斉明天皇
㈡翌日には宮地嶽神社で祈った斉明天皇
山頂の宮地嶽神社
㈢三日目 福成神社で祈った斉明天皇
北面の武士だった源太の墓
㈣斉明天皇の政務と御遊び
天子の森公園
橘の広庭公園
第二章 斉明天皇の発病から殯まで
㈠ 別所神社 中大兄皇子が祈った母帝の病気平癒
麻氐良山のイザナミ尊
「皇居の辺」なる清浄の地
㈡イザナミ尊が祀られていない麻氐良布神社
マテラとアテラ
マテラ星とは太古の北極星ツバン星
麻氐良山に登る
㈢朝闇神社 仲哀天皇に祟った神
仲哀天皇に祟った高皇産霊尊
㈣田手神社 中大兄皇子は向津媛を祀った
撞賢木厳之御魂向津媛尊も死をもたらした女神
綾部八幡神社 忍海の漢人による武器製造
㈤恵蘇八幡宮 斉明天皇の殯の宮
十二日間の服喪
天智天皇の御製の歌
朝倉山の鬼
斉明天皇の奈良の陵墓の場所が記録されていた
宇佐八幡宮への戦勝祈願の使者
天武天皇白鳳元年と記す寺社暦
斉明天皇の名にあるシリウス星とエジプト暦
日付の矛盾
中大兄皇子と余豊璋
季刊『邪馬台国』146号は各地の書店、アマゾンで手に入りますが、梓書院から直接購入する方法もあります。
<20250912>










