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ひもろぎ逍遥

ホピ族から日本人へのメッセージ 1995年幣立神宮にて



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最近、ホピ族の話を有名なユーチューバーが動画で発表されました。実は私もかつてホピ族のメッセンジャーに会った事があり、それをブログに書いていました。古い記事なので埋没していましたが、当時、ホピ族が熊本県の幣立神宮に日本人へのメッセージを送り、それを誰もが読めるようにコピーしたものが神社に置かれていました。それを書き写していたので、今日はその全文を載せたいと思います。

 ホピ族の「ホピ」とは「平和な人」という意味で、一切の戦いをせず、毎日四方に向かって平和の祈りをするネイティブアメリカンです。戦わないという教えを守るために、兵役も拒否したために投獄されました。

***

2011年5月16日のブログ記事を元に

 1995年は幣立神宮の大祭の年でした。
 その年には五色神面の御開帳があり、木製の仮面を拝見する事が出来ました。仮面は大きさや手法がそれぞれ違っていて、同一製作者によるものではなく、いずれも現代の日本人の顔を連想させるようなものではありませんでした。熊本県を中心に仮面文化があり、その一部が神宝となったのではないかと推測しました。

 五色人とは黄人、白人、赤人、青人、黒人の五種の人類を象徴するもので、この年は世界の各地から五色人がこの宮に集う約束の年でした。

 白人の代表となったのはジュディス・カーペンター女史で、オーストラリアで手に入れた二つの石の奉納先を探し求めて幣立神宮に辿り着き、石を奉納しました。もう一つの石はホピ族に奉納しました。

 赤人で導かれて来たのはラルフークレイグ・カーペンター氏です。彼はアメリカでホピの長老と出会い、ホピのメッセンジャーとしての使命を教えられて、日本にやって来ました。その時の使命は、仲間である熊族と太陽族を日本で見つけることと、ビッグフットの足跡を見つけた人を探す事でした。そして幣立神宮に辿り着いたのでした。

 私はたまたまこの二人がそれぞれに幣立神宮に導かれる状況を傍から見ることになりました。

 8月23日。約束の祭りの日に二人のカーペンター氏が白人と赤人の代表として集いました。黄人の代表は幣立神宮の氏子さんでした。あとの青人と黒人はやって来ませんでした。
 拝殿から三人はそれぞれ参集者にメッセージを伝えました。

 そして、数ヵ月後、ホピからのメッセージが幣立神宮に届けられたと聞いて、私は再び訪れました。大晦日か、その前日でした。
 それは日本人への特別なメッセージでした。
 そこには、これからの日本人の未来の創り方へのヒントが書かれていました。それを全文紹介したいと思います。

6000年ぶりの幣立神宮の五色神祭に寄せて
     ラルフークレイグ・カーペンター

 参拝された皆様には、特別なインスピレーションに従って参拝の労をいただき感謝申し上げます。皆さまの守護霊にも感謝申し上げたいと思います。

 こうして皆様の歴史上特別な本日の祭典に参列されたことが、お一人、お一人にとって重要であり、必然の出来事があったろうと思われます。

 母は私にラルフークレイグ・カーペンターと名付けましたが、年月を経て別の名が新たに与えられました。ラルフとは一匹で動き回る狼にちなんだ名で、クレイグとはごつごつした岩または人を寄せ付けない崖にちなんだ名前です。カーペンターは木を使って道具や品物を作る大工さんを意味しています。特に家族や家畜を守るための家を作る人のことを指します。

 私の属するクラン(族)は熊ですが、父は水蛇または竜に属しています。沢山の鳥や動物や爬虫類、水辺の生物や虫たちが私をかわいそうに思ってくれて、メッセンジャーとしての私の仕事を支援してくれました。

 私の仕事はコロラド川近く、グランドキャニオン西側に住んでいる平和な人々ホピ族のメッセージを世界に伝達することです。

 5500年の人間の歴史のなかで、今のこの時は最も危機的な時代です。戦争勃発の恐怖、飢餓や病気、家庭崩壊などさまざまな不安があります。

 ホピ族が生存しているという事実そのものが、平和というものが実現可能なものであり、本当に機能する真の民主主義が存在できるのだという事を、おのずと明らかに証明しています。

 私は混血のモホーク族で、モホークの言葉ではモホークのことをカナンヘヤーガといいます。北アメリカ(Amel-Rika=神々の国)のことをインディアンは「亀の島」と呼びます。私の出身地は五大湖の東の端にあります。

 ホピは人間の歴史のなかで一度も戦争をしたことのない唯一の民族です。ホピの歴史は最後の洪水の時期やそのさらに先までも遡ります。

 第二次大戦中、投獄されていたアメリカ人の良心的兵役拒否者は300人でしたが、その内、40人はホピ・インディアンでした。当時アメリカ市民の人口は5000万人でホピ族は7000人しかいなかったことを考えれば、ホピの人たちが精神的・倫理的に高い基準を持っていたことがわかると思います。  
 当時、日本の人口はアメリカの半分でしたが、日本では良心的兵役拒否者は30,000人でした。

 ホピ族が平和的で精神的な人たちであるという例をもう一つ挙げさせて下さい。投獄された良心的兵役拒否者として記録に残っているのが、ホピ族のトーマス・バニヤッカです。

 トーマス・バニヤッカは過去50年間ホピ族の伝統派およびスピリチュアル・リーダーたちの通訳をつとめてきました。大変信仰心が篤く、メッセンジャーとしても活動的でした。現在および過去のホピ族の歴史について、またホピの道を私に教えてくれました。

 この「花の国」または「日の昇る国」と呼ばれる日本が、この世界の始まりから今日に至るまで、役割を全うしてきたことに対して、見えない精霊たちに感謝を捧げたく思います。

 この日本と言う国の大地と生命は、不安や利己的な欲望、殺人などの否定的なエネルギーに屈せず、このように完全に守られ導かれてきました。

 見えない精霊たちのたゆみない誠実なる守護なくして、今日のこの素晴らしい日本を迎えることは出来ないことでした。この美しくて素晴らしい日本という国に私を招き入れてくれたことに対して、見えない精霊たちに感謝したいと思います。

 カラス、はと、きつつき、猿、かまきり、蛇、とんぼ、くも、スズメバチ、蝶などの生き物が協力してくれました。またインスピレーションの強い人たちが上手に私を導いてくれました。

 こうしてこの地において熊族であり、私の親戚である熊襲の人たちに会えたこと、また、蛇族、クモ族、亀族、火族、太陽族、猿族など、今だに最初の教えを忠実に全うしている人たちに会えたことに対して感謝したいと思います。

 インスピレーションを受けた人たちが、この最も神聖なる場所へ私を導いてくれたことに対しても見えない精霊たちに感謝したく思います。この大地と生命の精霊たちに感謝の供御を捧げたいと思います。

 思いがけないことですが、この熊本の地の熊の神は私の崇拝する神であり、この地の太陽の女神は私の崇拝する神であることが分かってきました。 最も崇高で最もパワフルな太陽の女神について言及するとき、わたしたちは恐れ畏み隠喩的な表現を用いますが、この大変古い社では、その女神の名が明らかに示され、公に祈り奉られていることに目を見張る思いです。

 私たちは祖先による最初の聖なる教えに戻って間違いを正さなければいけません。最初の祖先の与えた質素で謙虚で、地に足のついた平和な生活方法に戻らなければなりません。

 地面の中から貴重な鉱物資源を取り出す事を止めなければなりません。そうしなければ生命を支えてくれている水、土を汚してしまうのだという警告をすでに与えられていました。また太陽の光と熱も汚してしまうとも警告されてきました。 

 最終的な結果として、すべての火の内で「一番強くパワフルな太陽の火」という見えない神性が働き、私たちを正そうとして浄化をもたらします。大地と生命の破壊行為を阻止するために私たちを滅ぼします。それは「上空から層をなして降りてくるたくさんの稲妻で、その下に生きているものをすべて灰にしてしまう」のです。

 そのあとに太平洋と大西洋は「かつてそうであったように再び一つとなって」大地を完全にきれいに洗い流します。そして天地が全く逆さまとなり、今上にあるものは下に沈み、今下にあるものは上に上がります。

 この地に人間が住んでいたことを示すものはあとかたもなくなります。天地のひっくり返りが始まると、2・3回はゆさぶりが続きます。これらは昔にもあったことです。もしそれが起こってしまうと、この大地に人間がもう一度暮らすことが許されるかどうかは大変疑わしくなります。

 私たちが幾度も繰り返し、やり損なってきたために、その権利を剥奪されてしまうでしょう。そしてその後には村単位の生活を営むアリたちがこの地球を受け継ぐでしょう。

 遅すぎることのないように、地球の生命を破壊し続けている貴重な鉱物資源を掘りだすことを止めましょう。再び間違いを犯さないようにしましょう。トーマス・バニヤッカの言うように、地球の生命を破壊し続けている貴重な鉱物資源を掘り出すことを止めましょう。

 工場や街、拝金主義的な考えを捨てて、食べ物、着る物、家屋、道具を自給自足できる村単位の生活に戻りましょう。隣人たちと相互扶助の行える生活をしましょう。村全体が一つの家族であるような生き方をしましょう。

 平和と統合という大きな波のうねりを、この幣立神宮から押し出していきましょう。そして、地球全体がかつて始まりの時、そうであったように、真の平和、真の兄弟愛、地上天国での「永遠の命」の中で生きていけるようにしましょう。

(1)増加し続ける狂気および戦争
(2)不治の病の増加
(3)家庭崩壊の増加
(4)風、水、火、土の4元素による災害の増加
などで私たち自身を滅ぼさないようにしましょう。堕落しすぎないようにしましょう。さもないと、阿蘇山の力が働いて火と水の力で大地や山が水浸しとなり、その高さが1600mにまで達してしまうでしょう。これは過去にもあったことなのです。

 この地に奉斎されている崇高な太陽の女神に浄化を起こさせないようにしましょう。太陽の女神は「目には見えないが一番パワフルで決してきえることのない火」なのですから。

 そうしたみっともない終わり方を迎える替わりに、1995年8月23日の11:30、こうしてここにいる私たちの「6000年ぶりの五色神(人)様の集まり」から「立ち止まってよく考え、自分を正し、変えて」行きましょう。過去の誤りを正して行きましょう。
「前に進み、幸福でいましょう。子供たちを養って行きましょう。」

             ***

 今読み返すと、これは1995年の祭の事でした。今は2025年ですから、20年前のメッセージになります。

 当時、『ホピの予言―大いなる浄化の日』という映画が宮田雪監督によって製作され、福岡市で上映されました。ラルフ―氏はホピ族のメッセンジャーとして日本にやってきて、宮田監督と共に日本を移動し、福岡に来ていました。私は新聞で自主映画があることを前夜に知って、大慌てで予約の電話を入れて映画を鑑賞しました。それが縁でラルフ―氏とお話する機会がありました。

 その年は熊本県では熊襲祭りで盛り上がっていました。ラルフ氏は
「熊族や太陽族に出会ったかどうかは、帰ってから分かるものです」
と言っていましたが、まさしくその通りだったようです。

 ラルフー氏は「日本の見えない精霊たち」に感謝をしてくれています。
 ホピ族は「太陽の女神」を「あのお方」と名前を使わずに呼んでいますが、幣立神宮の祭神の一柱に「天照大御神」があり、その名を呼んで祈っているのに驚いたようです。

 日本の美しいたたずまいを、ラルフー氏は精霊たちが作り上げたものだと語ります。この精霊たちこそ八百万の神々の事で、私たち日本人の精神構造の形成に大きく関わっています。
 ホピが日本人の持つ精神性に気づくということは、ホピの文化もまた精妙な意識世界の上に成り立っている証しです。長老たちが毎朝、四方に向かって祈っているのもその表れなのでしょう。

 ホピ族は阿蘇山が大噴火を起こして山容が崩壊したことを言い伝えています。阿蘇山はかつては富士山よりはるかに高くそびえていましたが、大噴火のために大崩落を起こし、大地震が起きて、1600mの高さの津波となって、太平洋を越えてアメリカ大陸に到達し、ロッキー山脈を越えて東海岸まで達したと言い伝えています。

 ホピ族は現在、インディアン居留地に住んでいますが、本来住んでいた土地があり、そこから強制移動させられました。かつて住んでいた土地の地下にはウラン鉱石がありました。「貴重な鉱物資源」とは「ウラン鉱石」のことです。

 そこは不毛で痩せた土地ですが、ホピ族を導く精霊マーサウに「そこを守るように」と言われて住んでいました。
「ここは地球の背骨である。人間が安全な使い方が分かるまで、決して掘ってはならない。」
という教えと共に。

 ところが白人が現れてそれを掘り出し、ひょうたんに詰めて、広島・長崎に投下しました。ホピたちは自分たちが守って来た土地から奪われたものが爆弾となって大地を焼き尽くした事に心を痛め、予言の警告する時が来たことを知りました。掘りだされた鉱屑は山となって放置され、現地は放射能汚染にさらされました。彼らもまた放射能汚染の被害者でした。

 各地の部族(クラン)が集まり、部族ごとに、それぞれ伝えていた予言を語りました。部族ごとに異なる文言が伝えられていて、一つのクランが語り終えると、別のクランの名指すようになっていました。それを受けて名指しされたクランが続きを語りました。この時、バラバラに伝えられた予言が一つのストーリーを持っていたことが明らかになったのです。インディアンもこの時、予言の全貌を知りました。 

 ホピの予言では、人類は今、分かれ道に立っていて、
   一つは、月にまで達する発展的生き方による破滅への道
   もう一つは、大地を耕す循環的生き方をする平和への道
のどちらかを選択する時だと言います。

 私たちが消費によって成り立つ社会を見直し、それぞれが大地の暮らしに戻る時、この悪い方の予言は成就しないのです。
 ホピたちは日本人が大きな役割を担っていると伝えています。

 私たちが目指す未来社会のヒントは
「工場や街、拝金主義的な考えを捨てて、食べ物、着る物、家屋、道具を
自給自足できる村単位の生活」
「隣人たちと相互扶助の行える生活」
「村全体が一つの家族であるような生き方」
です。

 このメッセージから20年経った今、こうして振り返る時を持つことができましたが、地球人はいずれの道を選んだのでしょうか。
 まだまだ、循環する社会に戻るチャンスは残されているのかもしれません。

 ホピ族は5枚の石板を探していましたが、その2枚が日本にあることが今月、公にされました。その時、儀式によって、日本にあらたに聖地が生まれたそうです。
 20年前とは状況が変わって、日本人そのものの存亡が危機にさらされるようになった今、ホピ族のメッセージは日本人の生き方を振り返るきっかけにになるかもしれません。

<20251113>


by lunabura | 2025-11-13 10:45 | 幣立神宮・へいたて・ホピ予言 | Comments(0)

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