2026年 01月 22日
絹の女神と砧姫

福岡県の筑豊地方は遠賀川を母なる川として古代から栄えた地域です。
その下流域に「稚産霊」(わくむすび)の神様があちこちに祀られています。この女神の身体から蚕(かいこ)や五穀(ごこく)が生じたというので、「絹の女神」なんですね。この神を各地で祀っているのですから、養蚕が盛んだったことが分かります。
「桑や蚕が無事に成長しますように。
美しい絹織物が織れますように。
そして、沢山の作物が実りますように」
娘たちがそんな祈りを捧げたようすが目に浮かびます。
その娘たちの中で有名なのが砧姫(きぬたひめ)です。
彼女は砧を打っていた所を日本武尊に見初められました。砧姫の父は身分が高い人でしたが、政争に負けて当地に都落ちしてきたといいます。
砧は、織り上がった麻や木綿(ゆふ)や絹を打つ棒で、柔らかくして光沢を出すものです。
落ち延びた貴族の娘が砧を打っていたということは、機織りなど、高度な技術を持ち合わせていないお姫様だったのでしょう。
村の人たちは砧姫が生活していけるように、一番単純な仕事を与えたのではないかと思われました。
しかし、砧打ちも、ムラなく同じ強度で打っていくのですから、大変な作業です。大変でも、仕上がった布の輝きを見れば、苦労も吹き飛んだことでしょう。
砧姫がリズム良く打つ音を聞いた日本武尊は「何だろう」とその屋敷を覗き込んで、その美しさに一目ぼれしたのかもしれません。二人の間には男の子も生まれ、当地の重要な役職に就いたことが各地の神社縁起に記録されています。
そこから遠賀川を遡った中流域には秦部が人口の9割ほどいたことが正倉院文書から分かっています。秦氏の功績は遠賀川、また周防灘方面に数多く伝えられています。
稚産霊神からそんなことを考えました。
<20260122>









