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ひもろぎ逍遥

相島は朝鮮通信使の寄港地 台風被害で島は大変だった

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「60」

目覚めのまどろみのなかで数字が浮かんだ。
これが何を示しているのかすぐに分かった。

正しくは「61」だ。
それは相島で、江戸時代に台風の被害に遭った人たち、61人を指す。
61人は朝鮮通信使が相島に立ち寄るための受け入れ準備をしている最中だったという。

作業のために徴用されたのは福岡藩士11人。
浦(港々)から出た者  8人。
市(博多・福岡)から出た者 24人、
縣(郡)から出た者 18人。
全員溺死。

享保4(1719)年7月24日のことだった。

亡くなった61名を慰霊する地蔵尊と石碑が積石塚の端にある。
「合葬舟人墓」と書かれている。

私はその年、相島を二度訪ねたのだが、歴史の会の三人にそれぞれ出会って話を伺った。思い出すままに、その話を書いていこう。

朝鮮通信使とは、江戸時代に徳川将軍が代替わりするたびに、朝鮮李朝王からの親書を携えて来日し、将軍からの返書を持ち帰る使者の一行だ。

全部で12回行われ、そのうち11回は相島に停泊した。
一行は約400~500人だったという。
それを迎える人たちも含めると相島は1000人ほどの人口増となった。

黒田藩は相島に客館を建ててもてなしたという。

黒田藩から船で民家の屋根の葺き替えの資材が届くと、島民は通信使の来訪を知った。島民の屋根が綺麗になると、次に客館のための資材が届いた。

その資材は役目が終わると、解体されて博多の寺に保管されたという。
リユースだ。寺の名前は失念した。

この61名が遭難した年は、台風が来たために大変なことになってしまった。ところが、事情を知らない壱岐からは、「波が収まったら出航する」という狼煙が上がったという。

どんな悲惨な状況で迎えたのか、想像に難くない。

のちに黒田藩は61名の菩提を弔うため、神宮寺に費用を送って、永年供養を依頼し、今でも、神宮寺では丁寧に供養がなされているという。

ある年には海が荒れ続け、通信使が22日間滞在したために食料が不足してしまったという。食料調達に難儀し、最後には対岸の新宮からは鶏の声も全くしなくなったという。島にはもちろん肉も卵もないので、新宮町の鶏まで食用に調達したということだ。

通信使を接待した時の食事のメニューを再現したものが新宮歴史資料館に展示されている。興味がある方は実際に見学に行かれたし。(シーオーレ新宮内)

島では井戸が一本しかなかったので、11本掘られた話は先日書いた。
(12本ともいう)その一本が若宮神社に残っている。今はダムが出来て水の供給は安定したという。

そして肝心の客館がどこに作られたのか、最近まで分からなくなっていたそうだ。

それが山口県岩国市で絵に記されているのが分かり、絵の通りに発掘すると
柱跡が発見されたという。

場所は神宮寺と若宮神社の間、人家が建っている地域だ。
(島に珍しい平地なので、その辺りは「綿津見のいろこの宮」があったのではないかと想像している場所だ)

これを聞いて、私のぼんやりとした記憶の奥から思い出すものがあった。
それは伊勢神宮で出会った女性の話だ。

その女性は島根県の日貫(ひぬい)という場所に住んでいた。

ある時、私が日貫に出掛けることになったとき、
夢に、「そこはどんな土地なのか」と尋ねたら、
赤や黄色などの原色の色と、音楽が演奏される夢を見た。

その話を日貫の女性にすると、それは朝鮮通信使だということだった。通信使がそこを通ったそうだ。

相島と日貫が意外なところで繋がった。

江戸時代のルートとして、相島から日本海を北上して島根辺りにで陸して、山越えして、広島に出て、東海道を通ったのだろうか。

夢と江戸時代がリンクした不思議な一日だった。

朝鮮通信使と黒田藩について、観光の課題を小耳にした。相島は新宮町にあるので、福岡市は市内でないという理由で切り離しているそうだ。

が、相島には「太閤潮井の石」と言って、秀吉が肥前名護屋に向かう途中、
相島の穴観音に祈願させた史跡がある。
一人一個ずつ石を運ばせたのだが、その数17万5千人という。
当時、秀吉は名島(福岡市)に淀姫とともに滞在していた。

その後、黒田藩が客館設置場所として相島を選び、その資材は福岡市から運んだのだ。

玄海灘を何千、何万もの船が行き交う歴史があった。
市や町の境界など乗り越えてダイナミックな歴史観を県民に提供していただきたいと思った。

海から見た博多の歴史は実に面白いのだ。

(上は過去記事を再編したものです)

<20260221>









by lunabura | 2026-02-21 19:41 | 相島 | Comments(0)

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