2026年 03月 16日
黄泉の国は空にあった 万葉集より

これまでブログで挙げた万葉集の一部を編み直して本を作っているところですが、今日は、その中で気になるものを綴りたいと思います。
それは死んだあとの世界、黄泉の国です。
『古事記』のイザナミが死んだシーンなどから、黄泉の国は古墳の中に入って行くような、地下世界にあるイメージを持っているですが、皆さんはどうでしょうか。
現代では、あの世とこの世の境には川があって、それを渡れば戻れないというイメージがあります。
ところが、万葉集を読んでいると、ちょっと違ってたんですね。
挽歌(ばんか)で、弟が急に亡くなったことを悲しむ長歌に描かれた黄泉の国に注目しましょう。
田邊福麿 一八〇四番
父母が 成しのまにまに 箸向ふ 弟の命は
(ちちははが なしのまにまに はしむかう おとのみことは)
-同じ父母から生まれて いつも一緒だった弟は
朝露の 消やすき命
(あさつゆの けやすき いのち)
-朝露が朝日に消えるような はかない命だった
神の共 争ひかねて
(かみのむた あらそいかねて)
-死神と戦って敗れ
葦原の 瑞穂の国に 家無みや また還り来ぬ
(あしはらの みずほのくにに いえなみや またかえりこぬ)
-この国に家がないのか 二度と戻って来ない
遠つ国 黄泉の界に
(とおつくに よみのさかいに)
-遠い黄泉の国との境に
はふ蔦の 各が向向 天雲の 別れし行けば
(はうつたの おのがむきむき あまくもの わかれしゆけば)
-這う蔦の茎があちこち向くように
-弟は空の雲を開いて別れて行ったので
闇夜なす 思ひ迷はひ 射ゆ猪鹿の 心を痛み
(やみよなす おもいまどわい いゆししの こころをいたみ)
-闇夜のように私の心は迷い 射られた猪鹿のように心が痛い
葦垣の 思ひ乱れて 春鳥の 音のみ泣きつつ
(あしかきの おもいみだれて はるとりの ねのみなきつつ)
-バサバサの葦の垣根のように心乱れて 声をあげて泣き
味さはふ 夜昼知らず かぎろひの 心燃えつつ 悲しび別る
(あじさわう よるひるしらず かぎろいの こころもえつつ かなしびわかる)
ー夜も昼も分からず 心焼かれて悲しみながら別れる
〔弟が死んだ 心が焼かれるようだ〕
✿いつも一緒に過ごした弟が亡くなりました。大人になって別居していても、いつでも会えると思っていたのに、突然亡くなってしまい、兄は胸が焼かれるようにつらい思いをしています。
この作品の想いを鑑賞するべきですが、今日は、その中に出てくる黄泉の国について注目したいと思います。
遠い黄泉の国へは「雲を分けて行く」と詠まれています。
つまり、黄泉の国は空の向こうにあった訳です。
「土に還る」と言うより、「空に還る」と言う方が近いのかもしれません。
根堅洲国
次は「根堅洲国」(ねのかたすくに)について、拙作『星の迷宮へのいざない』から引用したものです。
<須勢理星 地平線近くを這う星
さそり座は天高く昇らずに地平線近くを這うように運行して沈んでいきます。このような星を「すせりの星」「しさりの星」と呼びました。
その「すせり」の名を持つ女神が須勢理姫(すせりひめ)です。須勢理姫は根堅洲国(ねのかたすくに)の大神・須佐之男命の娘でした。
シュメール人は星空を上中下に分けたといいます。
日本でも地平線近くを根堅洲国に見立て、アンタレスを須勢理姫として出雲神話を語る民がいたのかもしれません。>
『古事記』に出てくる須佐之男の国、根堅洲国も「根」の字からは地下世界のイメージを持ちますが、「根」とは「子」(ね)すなわち北のことで、「カタ」とは「星」なので、根堅洲国とは北の星の世界ということになります。
星空を上中下に分けて一番下のエリア、地平線近くに根堅洲国があり、そこを這うように進む星を須勢理星と呼びました。
これらは仏教が入って来る前の、日本人の死後世界観を考えるうえで、貴重な例だなと思うのです。
星の迷宮へのいざない ー日本人が忘れた星の和名と渡来の記憶ー | 綾杉るな |本 | 通販 | Amazon
<20260616>









